自己の内側を見るのはやめて、外で待っている何かに目を向けなさい
[2013年03月15日(Fri)]
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★「死なないでください」
★ 患者・家族会(3月24日、4月以降も毎月開催)(解決 に向けて確かな方向を)(3月は、定員に達しました。4月にご参加ください。)
自己の内側を見るのはやめて、外で待っている何かに目を向けなさい=フランクル今夜は、フランクルの「夜と霧」の2回目でした。ナチスの強制収容所を生き抜いた 精神科医が、生きる意味を伝えている。 死が迫っているという時や、生きることがつらい時にも「生きる意味」があるのかとい う問いが発せられる。人生に絶望する時でも、「人生はあなたがたから期待している」「あなたを待ってい る何かがあるはずだ」という。生きる意味は、個性的なものであるから、自分で発見し なければならない。 「人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題ではなくて、むしろ人生が何をわ れわれから期待しているかが問題なのである。」 実例では、愛する人が待っている、なしとげる研究があるということを見出して自殺 をやめたのであった。 解説の諸富祥彦明治大学教授は「人生から問われている。」 「世界のために、愛する人のために何ができるか。何があなたを待っているんだろう」 と見方を変えるというふうに、自らを変えようと提案しているという。 フランクルはこうも言っているという。「あなたの内側に何かを探し求めないでください。」「あなたの内側をのぞきこまないでください。」「あ なたのことを必要としている誰か、あなたのことを必要としている何かが、この世界にあるはずです。」(天涯孤独の人にも誰かが必要としているでしょう=大田注) つらいのは、現実であり、絶望もするが、それでも生きる意味があり、それを見つけ る人は生きていくことができる。内側は、自分の死の不安、怒り、不満、後悔、症状、 失意、かなわぬ欲求などがある。 そういう内向きのことに執着(自己執着)していては、世界に目が向かない。生きる意 味は、自己の外にある。世界にあり、社会にある、 家族のためにすることがありはしないか。周囲の人のために態度を見せる、何かできる ことがありはしないか。 自己執着のことをやめて(自己解放)から(ここがアクセプタンス、受容)、価値・意味あることに意識を向けて働く、態度を見せる(ここがマインドフルネス、価値あることへの意識投入)。生きる意味、生きる目的は、自己の内にはなく、世界にある。 自己は、創造的世界の創造的要素である。世界に何かを創造する任務を担う。人が世界を創造しないと、世界が崩壊する。何かができる。たとえ、死の淵にあっても、周囲の人、愛する人のためにできることがある。創造的世界の創造的要素として、任務を持つ。 精神科医、心理士、カウンセラーは、こういう意味発見、意味ある行動のための支援をしないと、うつ、不安から脱出できず、自殺が起き るだろう。自殺しなくても、積極的に意味を見つけないと、つらいだけの内的反応ばか りを感じるだろう(自己執着)。 マインドフルネスの自己洞察瞑想法(SIMT)は、西田哲学の生活化、実践化の訓練であ るが、世界の中に実現可能な価値を見つけて、意志的行動をしていく。フランクルの思 想に類似していて、違うのは、不快な現実の受容(アクセプタンス)と価値実現の行為(マインドフルネス)という大枠を明示し たが、それを瞑想によって体得することが特徴のようである。 一方、違う場面もあるように感じる。現代の「うつ病」は、クライエントが支援者の助 言によって、意味を見つけられても、抑うつ症状や精神機能の低下がすぐには改善せず に、自殺の危機は何か月も続く。長期間の瞑想実践で症状の緩和がとても重要である。薬物療法が効かな い人も多い。症状が重い段階と、症状が軽くなった段階の生きる意味が違ってくる。薬 物療法、症状改善の精神療法、意味発見の援助、あらゆる方策を国が考えて、さまざまなタイプの生きる意味の発見 のために手をかしてほしい。フランクルがいうような生きる援助を、現代の日本はまだ十分に 検討していない。 フランクル、生きる意味、生きる価値、生きがい
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