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心理療法と宗教との違い<救済の問題> [2012年12月24日(Mon)]

マインドフルネスの自己洞察瞑想療法
 =心理療法と宗教との違い<救済の問題>

 アメリカで開発された「マインドフルネス」は、宗教が尊敬される国で あり、信仰を持つ人が多い国らしいせいか、マインドフルネスが宗教、仏 教、襌でないことを強調しようということをあまり意識しないようです。 しかし、無宗教の人が多い日本、カルト的宗教事件が時々見られる日本、 政治や教育が宗教から分離すべてであるとされる日本です。NPO法人も 宗教活動を主としてはならないことになっています。そういう必要性から 、 マインドフルネスの自己洞察瞑想療法(SIMT)の開発にあたっては、宗教と は峻別して、医療であり、心理療法であることを明確にしようとしてきま した。以前に、心理療法の5つの条件 を述べました。
 Cの宗教性、つまり医療(心理療法)と宗教の区別について、もう少し 述べます。
 宗教には、次の課題があります。
  • A)救済の問題
  • B)絶対者の問題
  • C)信仰の問題
  • D)信仰に基づく行為の問題
  • E)真理の問題

救済の問題

 宗教の課題のうち、最も重要なものは「救済の問題」です。 苦悩からの現実の救済です。
     「宗教の哲学の課題は救済の問題と絶対者の問題と信仰と行為の問題の 3つであった。これら3問題の中で第一の救済の問題が中心問題である。 第二、第三の問題はこの中心問題から派生してくる問題である。それでは 救済の問題とはなんであろうか。そこにおける根本問題はなんであろうか 。それはリアリティの問題であう、と言うことができるであろう。救済と は、後に詳述するように、苦からの救済である。苦は観念ではなくて人生 の現実である。救いとは、救われると思うとか、救われたと思うとか、い うことではない。否、さらに、救われると信ずるとか、救われたと信ずる とか、いうことですらない。現に救われていることである。救済は現実で ある。」(p.30-31)
 生々しい苦しみと、現実に救済されたのが救済である。 そうすると、心理療法も宗教も現実の救済に関わる点では変わらない。 心理療法も宗教も現実の苦を救済する。ところが、宗教といいながら現実 の苦を救済できない宗教もある。日本の仏教は、宗教に最も大切な 救済が行われているとはいいがたい。皮肉なことに、カウンセリングや心理療法は、ある程度の 苦を救済している。
 心理療法と宗教は、救済の内容が同じものと違うものがある。人間関係の悩みやうつ病は、宗教でも心理療法でも救済できるだろう。 絶対者でないと救済できない苦悩は医療では扱えない。医療で扱えない苦 悩を宗教では救済できることがある。

人間による救済・絶対者による救済

 医療、心理療法は、人間による救済である。しかし、神や仏などの絶対者によらねば 救済できない問題がある。それは宗教である。
     「救済は救済者による救済である。・・・ 救済者はわれわれ人間とは異なる絶対者である。宗教は絶対者による救済 の教えなのである。」(p.28)
 逆に、人間でないと救済できない苦悩もある。身体の病気はだいたいこ れである。
 マインドフルネス心理療法を「宗教ではない、医療(心理療法)である 」と明確に区別する基準は、絶対者による救済ではないということである 。自己洞察瞑想療法(SIMT)は、自分の意志作用を活性化させて、自分(人 間)で自分を救済する意志的自己の救済方法である。従って、宗教ではない 。なお、西田哲学によれば、意志的自己より深い叡智的自己まで人間の働きであ る。宗教レベルはさらに深い。宗教レベルでないと救済できない苦悩は、 がん患者の死の苦悩であると思う。宗教的マインドフルネス心理療法があ る(*)ことになる。しかし、宗教レベルでなくても、意志的自己のマインドフルネス心理療法でも、質の高い闘病生活に貢献すると思われる。
(*)この領域は、「心理療法」というべきではないかもしれない。対象者 は、がん患者であるが、治療の内容はがんでもうつ病でもない。死の受容 、死の意味づけ、死の覚悟である。 (P )は「宗教哲学入門」量義治、講談社学術文庫,2008
(続く)

非宗教的マインドフルネス
 =宗教との違い
Posted by MF総研/大田 at 18:17 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL