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「私は死なない」 [2012年11月29日(Thu)]

「私は死なない」
 日本文化の背景にあるもの

 死期が近いと思う高齢者、がんや難治の病気の人にとって「死」の不安、恐怖はとても大きい苦脳です。 「人間は死なない」というのと「私は死なない」というのとは、両方とも 「宗教」です。しかし、大きな違いがあります。 前者は、「自分とは何か」を探求せずして、意識される自己(霊魂といっている)がそのままで、来世にも 存続するという宗教的思想です。日本人が深く探求してきた仏教を考慮していない思想です。
 後者は、哲学者久松真一の言葉です。盤珪も同様です。 肉体と魂を分けて、死後、霊魂がもぬけていくというのは違うと道元も言っています。心身一如、 日本人で自己を深く探求し た人は多く、そういうことをいいます。「私」とはもともとない、「無我」「不生」 だからということです。「人間は死なない」といわれても「私は死なない」といわれても、どちらも信じにくくて、余命1,2年といわれてからでは、探求しにくいでしょう。こういう深い哲学は、死の直前では時間が足りず間に合わな いので、60歳を過ぎたら、はっきりさせておくべきでしょう。さもないと、 死ぬ間際になって、後悔するようです。
 「死ぬときに後悔すること25」という本に、「生と死の問題を乗り越えられなかったこと」「神仏の教えをしらなかったこと」があげられています。こういう問題は信じられるようになること、決着をつけるのに、かなり時間がかかるのです。数年単位です。高齢になったら、とりくむことを提案したいことの一つです。
 マインドフルネスには、宗教ではないレベルと宗教レベルがあるのです。うつ病、不安障害などを治すのは、宗教レベルでないマインドフルネス心理療法です。もうすこし深刻な問題でも、宗教レベルでないマインドフルネス心理療法で改善可能だと思います。欧米でも、リネハンの弁証法的行動療法が宗教レベルでないマインドフルネスです。深い哲学、実践のある日本人ができないはずはないでしょう。
★宗教のマインドフルネス、宗教でないマインドフルネス
Posted by MF総研/大田 at 18:50 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL