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澄んだ心がある [2012年11月20日(Tue)]

澄んだ心がある

 日本は、心の探求という面では、すばらしく、極地までいったようです。 西田幾多郎は家族を次々と失って行く悲しみを味わいました。川端康成もそうでした。人生には悲しいことも苦しいこともありますが、奥底にはそれを癒すものがあるといいます。  死刑の宣告をされるような罪つくりの心を持った自分なのに、この罪深い自分にも澄んだ心があったと気づいた人がいます。  遠藤周作は作家ですが、彼独特の日本的霊性に近いキリスト教を持っていました。  こういうのは「宗教的」ですが、家族の不和や心の病気は、こういう心の深さという面では浅いところで起こっています。 「宗教」とは言えないような浅い、マインドフルネス、アクセプタンスで改善できます。 上記のような宗教的な安心まで得ることは、10年、20年も必要かもしれませんが、心の病気のマインドフルネスは、浅いので絶対者の信仰などなく、自分自身もできるという自信(自己への信頼)さえあれば、半年から2年くらいで、改善します。 自分も自分の心の探求によって治るのだという「自信」が必要です。そういう自信がなければ、自分をみつめませんから。
 自分の心の使い方で、傷つけるもの、傷つけないものを観察して練習していきます。実は、その救済される力は、もともと自分に備わっていたものなので、誰でも心の病気の程度は改善できるように恵まれています。支援者が治すのではなく、本人にもともとあるものです。
 そこまでは、医療、心理療法です。そこで満足できて自分の人生を生きていくというひとはそこで終結です。
 もっと、深く探求していくと、もともと自分の奥底に「澄んだ心深い心」「いつも同伴している神のごときもの(遠藤)」「つまらない自分を受け止めてくれる仏のようなもの」がもともとあったものという自覚になるのです。そこは、心理療法ではない宗教の領域です。西田幾多郎は哲学的に記述していますが、哲学を理解しても、苦悩は解決しません。実践しないと働きが現れてこないようです。
 日本には、襌、念仏、哲学、日本的キリスト教、それを表現した芸術 (能、茶道、俳諧、小説、童話、詩、絵など)があって、まことに深く広く、くめどもくめども尽きない無尽蔵の宝がある幸せな国です。
 暇な時がきたらじっくり味わいたと思っているのですが。
Posted by MF総研/大田 at 07:29 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL