CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«インド、中国の仏教、襌は出離的(3) | Main | インド、中国の仏教、襌は出離的(5)»
インド、中国の仏教、襌は出離的(4) [2012年11月06日(Tue)]

インド、中国の仏教、襌は出離的(4)

 インド、中国の仏教、日本の襌は、出家向きである。ただし、日本の浄土教(真宗)は在家向けであると言える。僧侶ではないのに、多数の妙好人と言われる人が現れた。金子みすずもそのように見える。
 欧米のマインドフルネスの研究者のなかに、東洋哲学を活用していると いう人がいるが、何を読んでそう解釈しているのであろうか。
 東洋哲学を、大乗仏教の経典の英訳、鈴木大拙や『正法眼藏』の英訳さ れたものから学んだのだろうか。ただし、これらは、心の病気のレベルではなくて、深 いものであるから、セラピー(医療、心理療法)のレベルには、参考にな りそうもない。
 幸い、日本には、西田哲学があったから、これを参照することができた 。1月に、日本的なマインドフルネス心理療法としての「自己洞察瞑想療 法」(SIMT:Self Insight Meditation Therapy)の本を出版するので、巻末に 「参考文献」を書こうと思ったが、困った。心の病気の人や対人関係がう まくいかない人が実践するレベルのマインドフルネスの本であるが、西田 哲学でいえば、意志的自己のレベルまでであって、大変浅いレベルの自己 洞察である。このレベルを書いていて読者が参考にできる、仏教(初期仏 教、大乗仏教)の本、襌の本、西田哲学の領域で、セラピーに関連する本 があるのか検討したが、思いつかなかった。もちろん、仏教、襌を活用し たストレスの対処法やセラピーの本はあるが、仏典そのものをセラピーの 視点から解釈した本はみつけることができない。襌もそうだし、西田哲学 の解説本もそうであった。
 西田哲学のこういうところは、心の病気ではこうなると一応、関連づけはできたつもりであるが、仏典そのものは、まだ できていない。たとえば、大乗仏教の法華経の「長者窮子」の教えは、「 こういうわけで、こう解釈すると心の病気のこと、そこから脱出できるこ とにも該当する」というような読み方である。普通には、法華経は、菩薩や仏が行う行で、我々には途方もなく、難しいものと解釈されている。本当に、そうだろうか、我々が実践できることを言っているのではないか。仏典の文学の秘密の解明が必要である。川端康成が理解されず、自分にはない背徳の世界のこととして、自分のことをみない。
 襌や仏教には、深い哲学があるという視点では、西田幾多郎、鈴木大拙 、竹村牧男氏や秋月龍a氏などの著書が多数あるが、それは意志作用を超 えた深い無分別の領域であって、セラピーのレベルではない。そして、そ のレベルは、多くの学者からは、否定されることもある。深い自己などと は妄想だと否定する学者もいる。「日本文化の根底に流れるもの」などあ りはしないと思う学者も多い。しかし、源氏物語、道元、世阿弥、千利休、松尾芭蕉、良寛など独 特のものがある。表面だけではないものがあると、川端康成はいう。
 結局、セラピーのレベルや対人関係がうまくいかないというレベルの浅い領域について参考になりそうな、仏教、 襌、西田哲学の参考書をあげることができない。 それほどに、在家の普通の人の心の病気について具体的に紹介しているや さしい本(うつ病や不安障害、対人関係で悩む人)がないようである。
 もちろん、SIMTによる支援者になろうという人には、多数の参照文献が ある。それらはかなり難しい内容であるが、SIMTの支援者用のテキストが 根拠としている元であるから、テキストよりももっと直接の文献を見たい という人には、紹介できる。西田幾多郎の原文や研究書である。かなり難しい。
 しかし・・・、要するに、仏教、襌、西田哲学について、心の病気の方や対人関係がうまくいかない人が読んで参考に なるマインドフルネス心理療法領域の参考書をみつけることができない。 日本は、仏教、襌、西田哲学の原文をセラピーに応用するように解釈した 本をみるけるのは難しい。つまり、在家の心の病気の解決のために書かれ た仏教、襌、西田哲学の本がない。仏教、襌が在家の1,2ほどで解決し たい苦悩を扱わず、出家者のように10年20年かけてとりくむような深 いものになっている。
 やさしい「マインドフルネスのための西田哲学」
「マインドフルネスのための襌」
「マインドフルネスのための仏教」
もう一つ、「マインドフルネスのための脳科学」
というような本が欲しい。研究者のかたがとりくんでほしい。

インド、中国、日本の仏教は出離的

 =日本の仏教も外部の人々の現実苦の解決支 援の手法に熟練していない
  • (1)
    西田幾多郎は仏教の現状を批判した
  • (2)
    坐禅が仕事のような状況であった僧院での仏教は 感情が渦巻くような職場、家庭でどうすればいいのかわかりにくい
  • (3) 昔の仏教は同じような状況が続く僧院の中で発展したので
    現代人のように、家庭や職場のように激しい感情が渦巻く状況は少なかっ た
  • (4)
    現代人の苦の解決レベルのことを参考にできる仏教研究書は少ない
  • (5)
    封建時代の仏教は民衆の苦の解放を説くことができなかった
  • (6)
    マインドフルネスを1年受けると病気の改善のほか人生観の変化がみられ る
  • (7)
    仏教はわかりやすいごほうびで誘って、予想しなかったごほうびを与える
  • (8)
    元来、仏教の目的は「現実の苦」の解放だったはず
  • (9)
    1)深い根底の「自他不二」の哲学が失われた。 2)教団の外部の人の現実の苦悩を解決する活動「慈悲」の実践が なされてこなかった。
  • (10)
    「難しい言葉を使ってわけのわからぬようなしかたで述べることは「骨董 趣味」ではあるかもしれないが、それはもはや「仏教」ではないのである 。」中村元氏)
  • (11)
    自 分だけ救われて、他者にやさしく説かないと死んだ仏教。浄土真宗の蓮如上人もそう 言ったと中村元氏。
  • (12)
    遠藤周作は、日本的なキリスト教を作った。自分の悪を 監視し罰する厳しい父のような神ではなく、 いつもそばにいて自分の悲しみや苦しみ を包み込んで、一緒に背負ってく れる「母なるもの」「永遠の同伴者」であるような 神。やはり、自他不二的である。
  • (13)
    宗教としての仏教は心の病気などを扱わないので、マインドフルネスとは違う。
Posted by MF総研/大田 at 20:48 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL