包み映さないと行動できない [2012年07月15日(Sun)]
包み映さないと行動できない=すずめの母さんは解決行動を知らなかった、苦しむだけだった=みすずも傍観していた マインドフルネス、アクセプタンスには、さまざまなレベルがあり ます。ということは、人が解決したい問題は、広く深いということです。金子みすずの詩でこのことを検証しましょう。 このうちの「すずめの母さん」で考えてみます。 「すずめのかあさん」の詩の中に現れる「心」は、次々と広くなって いく。・・・。 「子ども」の心には「子すずめ」しかない。 (すずめのいのちを遊びに使う、いじめと同じ) 「その子のかあさん」の心には、こすずめと子ども。(こすずめとかあさんすずめの苦脳をみない。いじめているのを喜んでいる。) 「すずめのかあさん」の心には、「子すずめ」と「子ども」と「その 子のかあさん」が。 そして、屋根で鳴かずに見ていた。(生命を救うスキルがなく、悲しく苦しく) 金子みすずは、そのすべてをみていました。 みすずも傍観していました。なすすべもなかった。(冷徹にか、悲しくか) そしてそのすべてを読者、あなたが見ています。 「私ならこうした」という解決策を思います。 見えるということは、自分の心の中に包み映し知ることです。 そして、見えるならば、状況を評価して、解決への対策を考えて、行動をすることができます。行動のスキルがあれば。 問題解決のためには、 心に於いて見ること、そして行動することの2つが必要です。西田幾多郎は「行為的直観」といいました。見ることが行為することで、行為することが見ることであると。みすずは「見えないものでもあるんだよ」といいます。普通のひとが見えないことで、苦しむ人が多いのです。それを映して問題を評価して、克服する行為が必要です。自分の奥底の心が見えていないのです。見えていない心を見るトレーニングがマインドフルネス心理療法といえます。 さまざまな作用見る、聞く、痛みを感じるなどは狭い領域を知ります。 思考は、それら感覚で知った状況のすべてを対象として見てどうすべきか評価判断します。だから、思考で解決できることが あります。しかし、思考は行動を包むことができません。考えても、行動できずに、苦しむことが多いのです。考え方を変えるだけで行動できないと苦しみます。 意志作用が感覚や思考を包み、問題点や解決策の評価をします。そして、行動を起こす決意をします。それが、価値に合致しているかどうかの評価判断の局面です。見る、聞く、感情、思考を入れて映し、つらくとも受け入れて、意志を起して価値実現への何かの行動を することができます。その時、条件があります。 すずめの母さんもみすずも。この時には、た だ傍観して、解決行動ができませんでした。解決行動とは、「マイン ドフルネス」のもう一つの局面です。問題解決の行為が価値に合致しているか評価する必要があります。 さらに、みすずよりも広い状況が見えるあなたなら、自死ではなく別の解決策を 心の中に入れてきて、行動するかもしれません。 心の中に、状況、価値を入れて映さないと見えないので、行動しません。 見えても、解決するはずの価値的行動を知らなければ、見て苦しむだけです。解決しません。 すずめのかあさんは、無評価で見ていたのならば、本当のマインドフルネスではありません。ただ、苦しみを渦巻かせていた。 価値実現の行動がないのは、深いマインドフルネスではありません。 意志作用でさえも解決できないで苦しむことがあります。 順調に仕事をしていた人が、何かの出来事をきっかけとして、うつ病、不安障害、依存症などになる、犯罪を犯す。 西田によれば、意志作用 よりも広いものを包み受け入れる作用、「行為的直観」があるといいます。日本では、昔から言われていたのを、西田が言語で場所的論理で説明したのです。 通常の意識、考えでは解決できなかった苦脳や問題が、「直観」によって解決できるかもしれないのです。 このように、人の作用のレベルには違うものがあるので、マインドフルネスも浅いレベルの作用をM&Aする段階と、さらに深い ものを対象とするマインドフルネス心理療法があることになります。リネハンのマインドフルネスは、価値的評価をする深いものです。MBSRは浅いと、ジョン・カバット・ジンが認めています。 生命にかかわる苦脳があります。それを浅いスキルでは支援できません。 浅いマインドフルネスで改善しなくても失望す ることはありません。さらに広いマインドフルネスによって解決するのです。 欧米では、多くの人が研究開発しています。 |
Posted by
MF総研/大田
at 20:44
| マインドフルネス心理療法
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