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自己洞察瞑想療法(SIMT)は西田哲学の実践化 [2012年05月10日(Thu)]

自己洞察瞑想療法(SIMT)の入門(6)
 =マインドフルネス心理療法の一種
 =日本で開発された
 =西田哲学に基づく

自己洞察瞑想療法(SIMT)は西田哲学の実践化

今回は、やさしい「入門」ではなくて、ちょっと難しい背景の理論的なことを 説明いたします。自己洞察瞑想療法(SIMT)は、私が独断で作ったものではない のです。昔から日本にあった襌の哲学と実践や西田哲学の理論的な記述をどう すれば、うつ病や不安障害を改善できる心の訓練になるかを考えて、方法を考 案しておいでくださる人に試験的に試していただきました。襌も西田哲学も、 苦悩する自己を探求するものです。西田哲学は自己はさまざまなレベルの自己 があると言います。それぞれの苦悩、葛藤は、深い自己を自覚することで克服 できるのです。

 前の記事で、こう書きまして、(西田幾多郎旧全集5巻369頁)や他の論文を 参照しています。
     「外的刺激(見た、聞いた)や内的刺激(感情や症状など感じた)にそそのかされて衝動的に 反応するのは、意志的な自己ではありません(西田幾多郎旧全集5巻369頁)。衝動的行動をする衝動的自己とよぶことにします。・・・・」

     「 対人場面においては、自分の過去の経験によって形成された本音によって瞬間的に状況を評価判断して感情が起こります。現実の場面では必ず感情が起こります。しかし、衝動的反応をせず、自分の人生価値実現の方向にある建設的な行動(自分も周囲の人も不満足にしない評価判断を持って)を選択して実際に行動して(広義のマインドフルネス)いきます。これが広く深いマインドフルネスです。マインドフルネスは、建設的な自己覚醒、自己肯定です。衝動的な自己喪失ではないということです。そうすると、結果的に、満足できる自分(快を得る、肯定的、自愛)になります。」
 西田幾多郎の言葉はこうです。
     「情意的限定といふもそれが自覚的限定と考えられるかぎり、その内から限 定するものがなければならない。それが衝動的と考えられる限り自覚的限定と は考えられない、情意的自覚の自己といふのはどこまでも外からの限定を内から の限定となすものでなければならない。」(西田幾多郎旧全集5巻369頁)
 ずいぶん難しい言葉ですが、翻訳すると次のような感じです。
    感情、意志による自己形成の作用と考えられるかぎり、内からの自由な意志に よるものがなければならない。それが衝動的行動であるならば、自由意志によ る自己形成の作用とは言えない。感情を起こしたり意志を起こす主体が自己で あるというのは、どこまでも、外から自己をそそのかすものがあっても、衝動 によらず、主体的に内からの自由意志による形成作用となすものでなければな らない。
 つらいことがあっても、衝動的に反応しては自己を愛することはできない、 自分の根底の本来の自己からの働きで、結果的に自己を愛することができるような反応をす るのが意志的自己であるというのです。
 自己、苦脳について、他に多くの説明がある、西田哲学の論理的記述から、衝動的ではなく、冷静に自分を観察 してつらいことも受け入れて、不幸にならないような行動ができる心を成長 させる実践方法を考案して、高校生程度の人が理解できるような言葉で訓練方 法にしたのが、自己洞察瞑想療法(SIMT)です。そこには、マインドフルネス(まぎらすような不幸を招くような本音(感覚、思考、行動レベルの基準)に執着しないで、結果的にも自分が満足であるはずのことに意識を向ける)ので、 アクセプタンス(不快事象、つらいことを観察して受けいれる、マインドフルネスの前提)の要素があります。
 (あがり、他者の苦脳の共感、いじめのつらさ、不安などについて、小中学生の教育にも応用できますが、わかるように説明するのは、学校の先生がたにゆだねます。)
 心の病気を治したり予防したり、病気とまではいえないが、あがり、心身症の改善、児童生徒が心を知るのに必要なレベルが自己洞察瞑想 療法(SIMT:Self Insight Meditation Therapy)です。 病気を治すのでなければ、59種の手法のうち、ごく一部の手法を使えばいいのです。

意志的自己のその先の苦悩

 しかし、人の苦悩、葛藤は深く広く、意志作用では解決しない苦悩がたくさ んあります。西田哲学でいえば、叡智的自己のレベルです。対人関係とか経済とか仕事など対象的なことではなく、自己自身、自己存在そのものの問題です。 たとえば、仕事はちゃんとしている。これは、意志作用は問題な いわけです。仕事をしていても、満足できない、むなしい、死の不安 がある、後悔、家族やかかわりのあった人を救えなかった負い目に苦悩する、 自分は価値がない、汚い、生きている資格がない、仕事はしているが、過去の 事件のことで自己否定の意識で苦しむ。 一応、組織での役割は果たしているが、 そのみちの専門家として、うまくできていない、クライエントを十分に満足させてあげられているとは思えない良心の痛み、芸術スポーツなどで名声を得ているが何かが足りないと思う。 これらは、みな、葛藤、苦悩ですが、 意志作用レベルのマインドフルネス、アクセプタンスでは解決しないでしょう 。しかし、西田哲学は、苦悩、葛藤があれば、それを包み受け入れる心がある といいます。上にあげた苦脳はそういうレベルのようです。 対象的な不遇でなく、自己存在にかかわる苦悩の克服の 領域を含めて広義の自己洞察瞑想法(療法ではない)(SIMT:Self Insight Meditation Technology)と呼ぶことにしました。この深い問題もマインドフル ネス、アクセプタンスの実践によって克服できそうです。西田哲学が論理的に 記述しているからです。論理的記述を実践化する方針です。意志的自己レベル、精神疾患を克服する段階も、もっ と深い問題も西田哲学に導かれます。
 さまざまな作用、その作用(感覚、思考、意志作用)の作り出す対象は、心の場所的論理と宗教的世界観が包んで映すという意味を持っていますので、呼吸法を中心として、包む映すという訓練をすることが、意志作用の訓練になっているのです。襌の実践方法が似ているのです。そして、理論的なことは、西田哲学に詳細に書かれています。日本には、昔から、すばらしいマインドフルネス、アクセプタンスがあった のです。
Posted by MF総研/大田 at 21:10 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL