セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(4) [2012年02月02日(Thu)]
セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる(4)=外国のものの追試とか技法論でなく、日本の文化の特殊性から普遍性を引き出すような展開を前日の記事で、菅村玄二氏の文を引用したが、この文の末尾に日本が 仏教国でありながら、東洋哲学の本家でありながら、心理療法への応用に遅れをとっている状況を 指摘しているところをみておきます。日本のマインドフルネス心理療法者も日本の先人が作った哲学、埋もれている哲学を発掘して、欧米の人に逆に提案する必要があるのかもしれません。 仏教が西洋の医療関係者から注目され、研究されてきていることを紹介されたあと、こう指摘し ておられます。
とはいえ、現在のところ、仏教のもつ心理学に対する潜在的な可能性について、西洋の多くの心 理学者が関心を寄せながらも、マインドフルネス瞑想法をはじめとした技法論的な展開にのみ終 始している感がある。単なる技法論を超えた生きる知恵と心理学の伝統とを本質的に結びつ けることはできないのではないか、とも危惧される。 日本から発信していく心理学のひとつの形として期待されるのは、西洋から輸入された研究の 追試ばかりするようなドープな研究ではなく、己の文化の特殊性から普遍性を引き出すよう なディープな展開である。」 (「マインドフルネス認知療法」277頁) 「マインドフルネス瞑想法をはじめとした技法論的な展開にのみ終始している感がある。」 日本にもある深い哲学を探求せず、形式的に、マインドフルネスを用いようとしている動きがある。 「単なる技法論を超えた生きる知恵と心理学の伝統とを本質的に結びつけることはできないので はないか」 ご指摘のとおりだと思います。外国の追試や形式的な技法論だけではなくて、その背後に技法論を超えた深い「知恵」が日本にあると、欧米の人が指摘しているのです。 誠実な仏教、東洋哲学(日本にある)の智慧の中に、現代人の心の病気や種々の社会問題の支援に役立つものが あり、日本の人こそ、心理学に結びつけるべきなのです。菅村氏の指摘されたような危惧が現実化しようとしてい ないでしょうか。 日本の仏教実践者、仏教研究者、心理学者の真剣な検討が迫られています。欧米の心理療法者から日本人が 深い東洋哲学を埋もれたままにしているという奇妙な状況を指摘されそうな気配が感じられます。 「東洋哲学」を背後に持つ深い仏教、鈴木大拙、西田幾多郎を生み出した日本であるとして、日本 に期待しているようです。「西洋から輸入された研究の追試ばかりするようなドープな研究で はなく、己の文化の特殊性から普遍性を引き出すようなディープな展開」が日本の心理学に 求められています。 ◆セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる ◆カウンセラー(セラピスト、医者)も自己洞察スキルの体験が必要 |