なぜうつ病や不安障害が治らないのか、なぜ自己洞察瞑想療法(SIMT)で治るのか [2010年05月01日(Sat)]
なぜうつ病や不安障害が治らないのか、なぜ自己洞察瞑想療法(SIMT)で治るのか
今回は、最近特に、長期間治らずに苦しむ人が多い非定型うつ病や不安障害が薬だけでは治りにくいわけ、自己洞察瞑想療法(SIMT)( =マインドフルネス心理療法の一つ)で治る人がいるわけを簡単に考察しよう。人 の精神疾患の反応パターンには、神経生理学的フュージョン(連合)がある。 以下、メランコリー型うつ病、パニック障害、対人恐怖症などが治らないわけ、 心理療法で治るわけを簡単に考察してみよう。完治、再発防止には、どうしても、 心理療法が重要である。 なぜ薬物療法では治らないのか、なぜ自己洞察瞑想療法(SIMT)で治るのか非定型うつ病の重大な症状は、拒絶過敏性、鉛様麻痺感、過眠である。参照の記 事から推測できるように、仕事関係や対人関係における不満・怒りや疲労、睡眠不 足、何かの刺激によって扁桃体が過剰に興奮する。それが激しいと、鉛様麻痺感、 過眠症状を起す領域が興奮する。 仕事ができない状況が長期間になると、抑うつ気分もひどくなって、自殺も起きる。 自殺防止には、薬物療法だけでは治りにくい精神疾患がふえていて、心理療法が必要であることを認識していただきたい。相談体制だけでは不充分である。薬物療法だけでは不充分である。心理療法で「治す場所」をたくさん作るべきである。 非定型うつ病や不安障害は、3−6カ月では完治しないので、2年ほど継続して提供する施設を作るべきである。また、将来の発病を防止するために、心理療法にもとづく予防のプログラムを作り、学生も社会人も教育すべきである。なぜ、薬で完治しにくいのかは、現在の薬では、 対人関係における感情(特に「強い不満」「怒り」)興奮のみを抑制する薬はまだ いいものがない。暴力する人、DV、虐待する人にも「強い不満」「怒り」がみら れて、周囲の人に苦痛を与える行動をするが、これらも治りにくい。非定型うつ病 は、不満、怒りの感情の結果は、自分自身の鉛様麻痺感、過眠になる。他者に直接 の迷惑をかけることは少ない。不安を抑制する薬は、抗不安薬で、いいのが開発さ れてきた。ところが、「抗不満薬・抗怒り薬」はまだ効果の高いものがない。鉛様 麻痺感、過眠への回路遮断、それをすぐ回復させる薬もまだである。こういうわけ で非定型うつ病は今のところ薬物療法だけでは治らない人がいる。上記の部分にきく薬物 の開発が続けられるだろう。
なぜ自己洞察瞑想療法(SIMT)か人の精神作用(思考、感情、意志作用など)と脳神経生理学的な基盤は相互に深 く影響している。この、神経生理学的フュージョン(連合)は自己洞察瞑想療法 (SIMT)の重要な仮説である。問題や精神疾患に自己洞察瞑想療法(SIMT)を適用しよ うと考える時には、その問題、精神疾患の脳神経生理学的な基盤を推測してから、 適用の可否を検討する。人の問題、精神疾患のうちには、脳神経生理学的な基盤の 変調のあるものがある。そういう問題は、傾聴型だけでは治りにくく、脳神経生理 学的な部分に変容をきたす(という仮説のあるトレーニングの継続によって)ほど の強い助言を必要とする。自己洞察瞑想療法(SIMT)は禅を心理療法化したものである。禅は 人の精神作用や自己存在を探求するものであると私は受け止めた。 禅の教える自己の精神作用の観察、強い決意と持続する行動によって目標を貫徹す る意志作用が精神疾患を治癒させることを知った。 ところが、宗教としての禅は、禅学は経典や禅僧の言葉によって研究している。 仏教の研究者は思想的な研究が盛んであって、禅の普遍的な人間の精神作用や自己 存在(これに迷うために苦悩するうつ病、不安障害が多い)についての部分の研究 はすすんでいない。経典や禅僧の言葉が、必ずしも現代の心理学や精神疾患に応用 できるような記述になっていない。応用しようとしても、研究者の解釈はまちまち であり、思想的な解明に重点がおかれてきたので、禅が精神疾患や心理学や精神医 学に応用されなかった。 アメリカで、禅や仏教の実践が精神疾患の領域に応用されて、マインドフルネス、 アクセプタンスを中核とした心理療法がめざましく発展している。 禅の言葉や実践の背景にある心理、哲学、思想をいかに解釈するかによって、心 理学や精神医学に応用できるかそうでないか、わかれてしまう。 禅の実践、哲学は、仏教学禅学の研究者によって、解釈がまちまちである現状では 、何が禅の哲学で禅の実践であるかという基本的なスケッチをみることが困難であ る。「これが禅だ」といえば、他の研究者は「違う」というであろう。「禅とはこ ういものだ」という基本的な了解が得られていない状況では、禅を精神疾患の治療 に応用できるとはいいにくい。 西田哲学は西田幾多郎による「禅」の一つの解釈といってよい。遺稿となった「 場所的論理と宗教的世界観」に結実するように、西田幾多郎は宗教としての「禅」 を説明しているので、禅の一つの解釈といえる。 それ以前の論文が、人の精神作用や自己存在を詳細な言葉で論理的に説明している ので、禅僧の語録ほどのあいまいさはみられない。マインドフルネス心理療法の背 景にある禅の哲学を西田哲学で解釈することは許されるであろう。心理療法は医療 であって、哲学でもなく宗教学でもない。心理療法の治療法の根拠として西田哲学 のひとつの人間解釈を用いる。 使う神経は亢進し、使わない神経はすたれるさて、うつ病や不安障害がなぜ、自己洞察瞑想療法(SIMT)で治るのか。個別の疾患について説明するのに、自己洞察瞑想療法(SIMT)には、もう一つの仮説がある。 神経生理学的機能、神経生理学的反応は、繰り返し興奮させると発達して、使用頻 度を少なくすると、その機能が低下する。神経細胞に変化が生じることによって顕 現する作用が変化する。たとえば、足を動かさずにいると筋肉の細胞が衰滅して、 足が動かなくなる。逆に、動かなくなった足を、繰り返し動かすことを繰り返して いると容易に動くようになる。神経生理学的な変化が起きる。 精神疾患や問題行動も神経生理学的な基盤が関係している。神経生理学的なレベ ルが精神疾患や問題行動の症状や思考行動をひきおこし容易に変えることができな い程度になった状態は「病理レベル」である。病理レベルの神経生理学的基盤があ る場合、症状(鉛様麻痺感、過眠、抑うつ、痛み、パニック発作など)や問題行動 (広場恐怖、回避、依存物摂取、DVなど)は繰り返されやすい。 治すためには、2つの方針があり、セットで治療プログラムを組み立てる。
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