心理療法・2種を使い分ける(12)
=話をきいてもらいたいか症状を軽くしたいか
「自殺で家族を亡くして」〜私たち遺族の物語(三省堂)を読んでいる。家族が自死(
自殺)したということは言いにくい社会である。それなのに、
ほかの家族には自分たちのようなつらい目にあってほしくないから、教訓などを得てほし
いと勇気を出して公表してくださった遺族の手記である。
「
ただ話を聞いてくれる人が居ると言うことがどんなに大切なのか、同じ痛み
を持つもの同士、黙って座っているだけでも分りあえることを感じました。」
ここには、傾聴が貢献していることを理解できる。
そういう方のためにつどいの場が提供されている。これは国や県もすすめていく対策が始
まった。
ただし、そこまで理解、支援してくださる場があっても、語ることができない人も多い
だろう。語ることができないところに何があるか、いくつもの要因があるかもしれないが
、一つは、うつ病の症状が重い場合である。もう一つは、どうしても支援の場にいけない
内向的な傾向か何か事情がある場合である。ここでは、前者のうつ病が重い人について考
えたい。
これまで日本には、傾聴型のカウンセリングのみが盛んであったが、最近、欧米では認
知行動療法が種々の心理的苦悩に関わる領域で貢献している。
これまで顕著な貢献をしている傾聴型と認知行動療法とをクライアント(患者)はどう
使い分けたらいいのか、一応、クライアントの側は次のように判断するのも一つの基準で
はないかと思う。
- (A)症状がつらい
悩む人には、病理レベルになっていて、種々の身体症状、精神症状が苦痛である場合が
ある。身体症状は、たとえば、抑うつ症状、睡眠障害、胃や腸の痛み(検査しても異常所
見がない)、食欲不振などである。精神症状は、たとえば、頭が回転しない、人とのコミ
ュニケーションができない(相手を理解できない、考えがまとまらない、声がでない、会
うのが不安など)、記憶障害、
自殺念慮などである。
うつ病が重症になると、他人に話しをしたくなくなる。とにかく、症状を軽くしたいと
願う。
こういう症状がひどくて、「自分の話をきいてほしい」という次元ではなくて、症状を
軽くしたいと強く願う人も多いはずである。当然、希望が傾聴よりは症状軽減であるから
、認知行動療法を提供しなければいけないだろう。
- (B)話をきいてもらいたい
一方、身体症状、精神症状はまだ、それほどつらくはない。自分の心理的悩みをきいて
もらいたい、語りたい、わかってもらいたい、孤独である、などの気持ちが強い人は、自
分の悩みをわかちあいたい、傾聴したいという型のカウンセリングやあつまりが貢献する
。クライアントの希望に合致している。「病気」という段階にない健常者の心理的苦悩を
語ることで苦悩が軽くなる場合である。
2つを使い分けるといいのだろう。
残念ながら、認知行動療法は新しい技法であるから、支援者側からいえば、1人の人が
両方の心理療法を熟知している人は少なく、1回のセッション(1時間から1時間30分
)の中
で両方を提供することは難しいだろう。
個別面接でも、グループ(自死遺族のつどいのように)でも、集まった参加者に、(A)症
状を軽くしたい人と、(B)話をきいてもらいたい人が混在している場合、どちらか一つの
心理療法技法のみですすめると参加者は不満だろう。そのつどい自体が、どちらかを希望
する人だけが参加することに結果としてなるかもしれない。
症状がつらい人や、人に語りたくないという人も多い。重症のうつ病はそうなる。そう
いう人は、黙ってきいていてもいいとはいいながら、やがて「語ることで救われた」とい
う人の発言が多くて、自分の問題(特に誰にも語りたくないプライバシーや恐怖の体験)
を語るのはどうしてもできないという人は、傾聴型を標榜するカウンセラーやあつまりに
は行きたくなくなるかもしれない。自分の悩みをうちあけずに症状を軽くできる心理療法
者やあつまりがあれば行きたいという人も多いだろう。うつ病やある種の障害は他人に語
ることが解決になるという証拠はないだろう。
救済方法の助言指導を受けて、自分で自分を観察するスキルを身につけて、精神疾患を治
す方法もあるからである。そういう例として、認知行動療法の自学自習がある。また、自
習が難しい人は、認知のゆがみの修正法、マインドフルネスやアクセプタンスの技法を枠
組みで指導を受けて、具体的なプライバシーなどにかかわることは支援者に語らずとも、
枠組みでの処理法にあてはめて症状が軽くなることがある。認知行動療法のグループ・セ
ッションで行うのはこの方法である。もちろん、支援者にプライバシーを語ると個別、具
体的な対処法を助言される。
また、どちらか一つという二元観ではなくて、悩みや治療の進行につれて、両方に参加
するということもよいだろう。クライアントにとって、一つの支援場所で、両方を提供し
てくれるのが一番安心だろう。
主宰者が連携してくれるといいのだが、主宰者はみなひとかどの見識を持ち、自己の手
法に自信を持ち、他者(他の技法)を信頼できない心理や、連携すると自分がおびやかさ
れるから避ける心理が働きやすい。また、同じ組織であっても、微妙な立場、方針の違い
があって、組織からのメンバーの脱退、分裂は多い。支援に参加していた人も去っていく
。まして、最初から別々に活動した団体の連携は相当難しいだろう。
連携はクライアントや国からみれば、好都合であるが、末端の自治体や各支援団体には別
の思惑が働いて、連携はうまくすすまない。また。医師はカウンセラーを信頼していない
から、
医師とカウンセリング組織との連携はすすまない。
他の組織との連携というのは、クライアントの人が他方にも行くというのは敷居が高く
、自分の参加している場所のほうに、他の組織の人が来てくれるほうが楽である。だが、
連携する側はそこに出向く時間がかかるので、できるかどうかわからない。また、主宰者
が他の組織、他の流派の人を招くかどうか、支援者側の意識も鍵となる。
当面、クライアントには、2種の心理療法を提供してくれる場所の情報があって、クラ
イアントの方が自分に向いた方を選択できればいい。一つの組織、個人が支援できるのは
限界がある。悩む人が両方に参加しても支援者は嫌がらないように寛大な心を持つべきで
ある。医師も認知行動療法のカウンセリングを信頼していただきたい。カウンセラーも薬
物療法を否定しないほうがいい。自分の技法で治せない人も多い。
精神分析療法(傾聴型)と認知行動療法(積極的課題提供型)