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【コラム】「タイを愛する」人々 [2010年07月02日(Fri)]
【「人口変動の新潮流への対処」事業 事業委員 短信7】
Asato Wako
安里 和晃
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京都大学文学研究科特定准教授。沖縄県出身。龍谷大学大学院経済学研究科博士後期課程を修了後、学術振興会特別研究員、株式会社リクルート・ワークス研究所客員研究員、笹川平和財団特別研究員を経て、2008年より現職。東南アジア、東アジアを中心とする看護・介護・家事労働、あるいは農業をめぐる人の国際移動に関する研究に従事している。近年は少子高齢化や福祉レジームとの関連で移民研究を行っている。
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「人口変動の新潮流への対処」事業第2分科会主査


 私の好きな料理に千年豚というのがある。これはタイ語でmoo phan piiと呼ばれるチャーシューに高菜の漬物を炒めたようなものである。豚肉を煮て焼いて凍らせて炒めるという複雑な調理工程があるようだ。この料理が食べられるのは、私の知る限りタイではメーホーソンのごく限られたミャンマー国境近くの村々である。その1つ、「タイを愛する」という名前の集落がミャンマーから数キロ離れた山奥にある。村の中心には池があり、人々は池を囲むように住み、まわりは山で囲まれお茶が栽培されている。雨季になると茶畑が霧で覆われ、幻想的な風景を作り出す。お茶を栽培する「タイを愛する」人々。それはタイ人ではなく数十年前に中国から移り住んできた旧国民党の人々である。国民党は中国から移り、台湾で政権を維持してきたが、国民党支持者すべてが台湾に大陸から渡ってきたのではない。多くはミャンマーやラオス、タイなど中国の外に移り住んでいる。

 ミャンマーに住んでいる者もいるようだが、ミャンマーは彼らにとって住み心地の良いものではないらしく、ミャンマーからタイへ入るなど移り住み、最終的に台湾まで移動した者も少なくない。私が今回たまたま出会ったのは、タチレックというタイ系のタイヤイ族の多く住むミャンマーの町で生まれた華人である。両親は中国で生まれたが国民党とともに中国を脱出。彼は生まれたタチレックからタイを通過して台湾に落ち着いた。今から30年前の話である。彼は生活を安定させるため、観光ビザで日本に入国し、超過滞在をしてお金を稼ぎ、その後入国管理局に出頭して台湾に帰国した。こうした経験から彼は中国語、ミャンマー語、日本語を自由に操る。台湾の人と話をしていると、実は生まれがミャンマーやタイであるという人も少なからずいる。

 Moo phan piiは「タイを愛する」集落に住む華人にとって故郷の味である。彼らは台湾まで移動することはなかったが、辺鄙なところにありながらも、台湾の国民党政府はかつて様々な支援を行ってきた。代表的なのはお茶の栽培と中国語教育である。彼らが栽培するお茶は台湾の高山茶のような風味がある。民進党政権に代わり、支援は途絶えたが今でもお茶は貴重な現金作物である。夜になると子どもたちは中国語を学ぶため、教室に通う。使われている教科書は台湾からのものだという。この集落の子どもたちは1日に2回学校に通うという勤勉さでバイリンガル教育を受けていることになる。もう国民党と共産党との内戦は繰り返されないであろう。だから彼らは台湾にも中国にも一生行く機会はないかもしれない。それでも「タイを愛する」人々はお茶を栽培し、moo phan piiを料理し、中国語を学ぶ。
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