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NO:5486 3月25日 『発足からこれまでのISの足跡』 [2019年03月24日(Sun)]
2013年に誕生したIS(ISIL)は、急速に拡大しシリアとイラクの、3分の1の領土を支配するに至った。しかし、それはまた急速に縮み、消滅することとなった。そのIS(ISIL)はどう誕生し、どう拡大し、どう消滅したのかということは、IS(ISIL)の足跡を追えば、少しは分かろう。

:2013年

:4月―シリアとイラアクにイスラム国家誕生。


:2014年

:1月―ISがイラクのファッルージャ、西アンバル、ラマデイ、シリアのラッカ支配。

:2月―アルカーイダのアイマン・ザワーヒリがバグダーデイと縁を切る。

:6月−イラクのモースル、テクリーテイをISが支配。イラク・シーア派イランから武器戦闘員支援受ける。

:6月29日―イスラム国家設立宣言とカリフ制度の開始。バグダーデイがカリフ就任。

:7月4日―イラクのヌール・モスクでバグダーデイ初の演説。

:8月8日―米軍イラクのIS攻撃

:9月22日―米軍指導の合同軍IS攻撃開始。


2015年

 米軍支援の下イラク・クルド部隊モースル近郊の街からIS追放。シリアのクルドは米軍支援でコバネ奪還。これはIS初の敗北。

:4月1日―米軍支援でイラク軍テクリーテイ奪還。イラク軍初の勝利。

:5月20日―ISがシリアのパルミラ支配。


2016年

:2月9日ーイラク軍ラマデイ奪還。

:6月26日―イラク軍ファッルージャ奪還。

:7月3日―バグダッド郊外のショッピング・モールでISが特攻攻撃300人程度死亡。

:10月17日―ハイダル・アバデイ首相モースル奪還宣言戦闘開始。

:10月21日―ISによるキルクーク特攻作戦で80人程度が死亡。

:11月5日ーシリアのSDFがラッカ奪還。


2017年

1月24日―ハイダル・アバデイ首相東モースル完全解放宣言。

2月19日―イラク軍モースルに侵攻空港、軍基地など奪還。

5月10日ーSDFがタブカ・ダム奪還。

6月6日ーSDFがラッカ本格攻撃。

6月18日ーイラク軍モースル旧市街侵攻。

6月21日ーISがモースルのヌール・モスク破壊。

7月10日―イラク首相モースル勝利宣言。カリフ制の終焉。

10月17日―SDFがラッカ完全支配。

:9月〜12月ーシリア軍がロシア軍、イラン軍支援の下、ISの支配する西ユーフラテス地域奪還。デルズール、マヤデーン、ブカマル解放。


2018年

:8月23日―バグダーデイIS戦党員に緊急メッセージ『忍耐し戦闘続けろ』


2019年

:2月〜3月−SDFがバグーズのIS打倒。

:3月23日ーSDF完全なバグーズ奪還宣言。ISのカリフ制終焉。
Posted by 佐々木 良昭 at 21:33 | この記事のURL
NO:5485 3月24日 『リビアに新たな動きカダフィ派の釈放要求』 [2019年03月24日(Sun)]
リビアのカダフィ大佐が殺害されて、既に8年以上の時が、過ぎようとしている。このカダフィ大佐の死は、彼の取り巻き連中を、国外に逃亡させるという事態を起こしていた。カダフィ大佐の子息サイフルイスラームや、彼の情報トップだった義兄弟の、アブドッラー・サヌーシーもその一人だ。

 以来、カダフィ大佐の幹部8人に逮捕状が出され、逮捕された後、投獄されている。そのうちの一人、アブドッラー・サヌーシーの釈放を、要求するデモが、最近トリポリで起こった。その理由は幾つかある。彼の健康上の問題であり、もう一つの理由は、彼と同じ時期に逮捕されていた、外国情報担当トップだった、アブゼイド・ドルダが釈放されたことだ。

 アブドッラー・サヌーシーの親族や、部族のメンバーがそれで、釈放デモを始めたということだ。その代表者であるマゲルハは、アブドッラー・サヌーシーの釈放を訴えるのは『受刑者の自由』であり、『リビアの再建』ということだ。そうしたことで、アブドッラー・サヌーシーを釈放しろというデモが、トリポリで起こっているということだ。

 アブドッラー・サヌーシーは革命勃発後、カダフィ大佐の次男サイフルイスラームと同様に、モーリタニアに逃れていたが、2012年にモーリタニア政府によって、リビア側に引き渡されていた。カダフィ時代の最後の首相バグダーデイ・マハムーデイも然りだ。

 カダフィの子息サイフルイスラームは、リビア南西部のジンタンに送られ、そこで長い間軟禁状態に置かれていたが、昨年だったか一昨年だったかに、自由の身になったのだが、リビア東部に逃れた後は、彼の所在は明らかになっていない。多分、彼の支持者は今でもリビア国内に、相当数いるのであろう。

 カダフィ体制の残党、カダフィ体制の最高幹部たちの釈放要求デモは、何故いま起こっているのか、関心が持たれる。最初に思うのは、彼らのデモがリビア政府によって,m何の制約も受けない、取り締まられない、自由があるということだ。

 それは外国のトリポリ政府、つまり、セラジ政府に対する働きかけが、あったためなのか、あるいはセラジ首相とハフタル将軍との、権力争いの結果なのかは分からない。いずれにしろ、サイフルイスラームにしろ、アブドッラー・サヌーシーにしろ、カダフィ・ファミリーのメンバーである事を考えると、今後のリビア内政には、少なからぬ影響を及ぼすのではないのか。
Posted by 佐々木 良昭 at 09:16 | この記事のURL
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