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2021年01月16日

MailMagazine_役員コラムvol.9


今回は山の話


副理事長
田川 裕則



今回は、昨年12月に行った山の話をいたします。

新型コロナウイルス感染防止のために、昨年は山小屋が営業を取りやめたりして、ほとんど山に行くことが出来ませんでした。南アルプスの山小屋はほとんど休業で、登山口までのバスも運行をしていないし、山小屋への宿泊を伴う山行きは、宿泊者の人数を制限しており予約が取りづらいということで遠方への登山は見送ることにしました。

そこで近くの山に行くことにして、自宅から1時間程度で行ける丹沢へ行くことにしました。天気予報をみて急に出発を決めて、あまり準備することなく行きました。今回は、登山口に駐車場があり日帰りでアプローチできる鍋割山へ行くことにしました。
昨年5月に、秦野駅からバスでヤビツ峠まで行って、塔ノ岳にのぼり、大倉へ降りたコースとは逆のコースになります。

IMG_8532 大倉.jpg


大倉駐車場から鍋割山までコースは、登山ガイドによれば「-四季の森が美しい鍋割山稜の道- 大倉から緑の美しい鍋割山を目指します。鍋割山稜には美しいブナの原生林が広がり、木々の間からは丹沢山、蛭ケ岳などの山々、そして富士山と眺望を楽しめます。コースには落葉樹が多く、春には新緑、秋には紅葉と四季の移ろいが登山者を楽しませてくれます」(標高差約900m、登り3時間)となっていますが、季節は冬に入っていて紅葉は終わっていました。大倉から二俣までは西山林道と呼ばれるゆるやかな道を歩きます。しばらく進むと二俣と呼ばれる少し広い川沿いの広場に出ます。ここからが鍋割山への本格的な登山の始まりです。二俣からは登りが続き、しばらくスギ林の中を進みます。視界が開けた尾根筋が後沢乗越です。後沢乗越から鍋割山山頂まではひたすら登りが続きます。

IMG_8554 ペットボトル.jpg


途中に大量のペットボトルが置いてあり、滅菌処理された2リットルや4リットルのペットボトルを登山者がボランティアで鍋割山荘までもっていくのです。私も少しばかり水運びの協力をしました。
山頂の鍋割山荘に着いたら、名物の「鍋焼きうどん」を頂くことが定番です。

IMG_8582 鍋焼きうどん.jpg


IMG_8584 相模湾が見える.jpg


天候に恵まれ、コースタイム通りに往復して、帰りは秦野の「弘法の里湯」(天然温泉)につかり、森林療法(運動療法)と温泉療法を兼ねてリフレッシュすることができました。


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★次回のイベントにご参加されませんか?イベント情報はホームページをご参照ください!
 https://foresttherapy.wixsite.com/forest

★NPO法人日本森林療法協会 Facebookページに「いいね!」で最新情報をチェック!
 https://www.facebook.com/TheJapaneseForestTherapySociety

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posted by Yu SEKI at 09:09| 役員コラム

【身近な森のご紹介】vol.1「明治神宮」

【身近な森のご紹介】

vol.1


「明治神宮」



今号から日本森林療法協会のメンバーがお勧めする身近な森をご紹介していきたいと思います。第1回は私たち日本森林療法協会ではお馴染みの『明治神宮』です。新型コロナウィルスの日本上陸を報じられた2020年初めから、なんと私は一度も足を運べていないのですが、しかし悠久の歴史の中に佇む森にとっては1年のブランクは取り立てて騒ぐほどの時間ではないでしょう。

改めてご紹介するまでもなく明治神宮は都心の森。作られた森ではありますが、既に百年の歴史を誇り、植生も住んでいる動物たちの生態系も驚くほど豊かな森です。毎年初詣や結婚式から七五三までも、多くの参拝者が訪れる明治神宮ですが、メインの参道を辿るより、私は原宿駅からすぐの大鳥居をくぐらず、左側に地味に存在する、いわば裏道が大好きです。私がご案内する体験会に参加された方は「あぁ、あの道ね」とお分かりと思いますが、大鳥居近辺の賑わいを右手に見て、月ごとの案内などを手に取ることができる掲示板の左手を入ります。まだ行かれたことのない方はぜひ、一度ここから森にお入りください。参拝客は滅多に歩かない道なので、一歩踏み込んだ時から静寂な森を感じられると思います。ルートの左側はお隣の代々木公園との境、右手は菖蒲園(正確には隔雲亭という有料エリア)の裏側になります。

A案内図.JPG


この道を、途中の本殿へ行く道には目もくれずに芝生広場まで真っ直ぐ歩きます。案内図的には全く見どころのないルートなのですが、そんな道を何分かけて歩くのですか?と言われるほど、森好きには堪らないスポットの連続です。歩き始めると両側にはアオキが群生しているエリアがあり、東京の青木ヶ原と呼びましょうなどと言われたこともあります。

Bアオキ.JPG


似たような背丈のヤブミョウガは白い花の頃も緑から黒っぽく色変わりする実の時期にも楽しめます。

Cヤブミョウガ.JPG


秋にはほんのり感じるイチョウの香りに足元を探せば銀杏が落ちていますし、どんぐりも数種類は直ぐに見つかります。運が良ければ足元に生えている低木の葉に刺さっているどんぐりを見つけることができるかも知れません。大型の木の実でもあるトチノミが落ちていることもあります。人懐っこい野鳥が肩に止まりそうになったりすることもありました。これは餌付けをしている地元民がいるためのようですが、実はすぐ近くにオオタカの営巣が見られるスポットも有ったりして、バードウォッチングをされる方もリピートするルートでもあります。サルノコシカケのようなキノコも見つかり、樹木の側面に上に上にと向かって生えている様はさながら天国への階段のよう、と話題になったこともありました。

Dサルノコシカケ.JPG


そんなルートですが、目線を上に向けると樹冠の見事なモザイク模様が青空を分け合っている様子も見ることができます。春の若い緑の季節には、色とりどりの緑色を探し、紅葉の秋にはカラフルな落ち葉を探すなど、目でも十分に楽しむことができます。流れる空気も都心とは思えないので、ちょっとしたスペースで深呼吸の話をさせて頂き、空のモザイクを見上げながら、皆さんの肺の空気を森の空気で胸いっぱいに入れ替えることもあります。

E空のモザイク.JPG


そしてこのルートで一番楽しめるのは様々な樹形ではないかと私は思っています。違う種類の木がまるで抱き合っているかのように枝をからませていたり、魔法使いが口を開けているのではないかと思うような古木が、気づけば静かにこちらを見ていたり。あるいは正面からみたら普通の古木なのだけれど、裏側はもう空洞になっていたりと、探せば探すほどバラエティに富んでいきます。

F縁結びツリー.JPG

G魔法使い.JPG


神宮の森の中でも巨木が多いエリアではないかと思いますが、どの木も立派です。訪れる度にいつも、もっと樹皮について知っておきたいなぁと思うのですが、それほど何種類もの樹皮の模様が楽しめるエリアでもあるのです。

H美しい樹皮.JPG


そしてこんもりした木々の間を抜けるルートの終着点は芝生広場なのですが、木々の間を歩いて来た目には、パァッと開ける芝生広場はとても明るく映ります。そこで私はこのルートを勝手に「明るい未来に続く道」と命名しています。

I明るい未来に続く道.JPG


広場に入る地点には門番のようにクスノキの大木がどっしりと構えており、大きくその枝を張っています。

J明るい未来の門番.JPG


大抵は何枚か葉が落ちているので、クスノキのカンファ―(樟脳)の香りを嗅いで嗅覚も楽しませてもらい、芝生広場にはできるだけ裸足になって入ります。アーシングで足裏の感触も楽しみながら、たった今まで浸っていた森の感覚とは違う自然を感じて頂くためです。裸足になるのも一人では勇気がいるかも知れませんが、みんなでやれば大丈夫 芝生広場は大きく開けている空間なので、しばらく裸足で広い空間を楽しんだ後の一人の時間も安心して過ごすことができます。暑い時期には木陰やチョロチョロと流れる水際を選ぶ人もいますが、芝生で大の字になって太陽をたっぷり感じる方も居られます。それぞれの過ごし方や感じ方が個性的で、「みんな違って、みんな良い」を実感する時でもあります。

K一人の時間.JPG


このように明治神宮は都心にあっても、全身で自然を感じることができる貴重な森です。長野の森に住むようになってからは、上京する時の常宿としているオリンピックセンターから西参道に入って逆向きに原宿駅まで通り抜けることもあります。すると今までの向きでは見えていなかった景色や樹木に気がつくこともあり、そのたびに新鮮な発見があったりもします。私が一番に明治神宮をお勧めするのは、何よりアクセスが良いこと。そして入場料が要らないことです。ちょっとセルフケアタイムを持ちたいなと思った時に手軽に行かれる所が一番のお勧めです。逆に難点と言えば、たまに車両が通ることがあることと、管理されているため樹木のすぐそばに近づくことも難しかったりします。なのでエリアによってはお気に入りの木に抱きついたり、木々にもたれて瞑想したり…ということはできませんが、それは他の森や公園で体験することにいたしましょう。

都心の森である明治神宮の森の魅力の一端が伝わりましたでしょうか。新型コロナウィルスの感染症対策の1つとして免疫力アップのため、またストレス対策として沈みそうな気持ちが落ちないためにも、セルフケアとして気軽に森に出かけましょう♪

もっと気軽に森に行ってみたいと思われる方へは、下記の書籍をお勧めいたします。きっとあなたが行ってみたい森が見つかります。

降矢 英成(2005)『森林療法ハンドブック』 東京堂出版

L森林療法ハンドブック.jpg



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posted by Yu SEKI at 08:58| 身近な森のご紹介

森林セルフケアサポーターコラムvol.9『癒しの3ステップ』


「癒しの3ステップ」


飯田みゆき




このメルマガの読者の方々は、皆さん森で癒された体験を持ち、それをもっと多くの人に紹介したいという願いを持っていると思います。

では、「癒し」とは何で、「癒された状態」とは、どんな状態なのでしょうか。

2005年に森林療法を始めた当初、私は自分の中に「癒し」の定義がなく、さまよいつづけていました。私がさまよっているのですから、参加者もさまよいます。「せっかくの森の中で、あなたの声がうるさくて癒されませんでした。」とアンケートに書かれ、帰りの電車を何度も乗り間違えて家に帰れなくなるほど凹んだこともありました。

あれから15年、2008年からスピリチュアルの世界に導かれ、2019年からは通信制大学に3年次編入をして心理学を学びました。紆余曲折を経て、今、私は、「癒し」には段階的なステップがあり、最終的には魂の願いにつながり、この宇宙の進化に貢献することだと思っています。それは自分とつながり、自分自身が持っている「幸せになる力」、「世界を幸せにする力」に気づくことだと思うのです。

癒しの3ステップ.jpg


●癒しの第1ステップ「ホッとする、安らぐ」

2006年の日本アロマ環境協会のシンポジウムで、私は「癒しとはホッとする、安らぐことだと思う。」と発表したことがあります。
元森林総合研究所の宮崎良文先生は、「森林浴はなぜ体に良いか」という著書で、「快適性とは人と環境間のリズムの同調である。身近な自然と接することにより、自然との間に同調関係が生じ、高すぎる緊張状態が緩和され、本来のヒトとしての姿に近づき、リラックス状態がもたらされる。」と、述べています。現代の私たちは人工化された環境や複雑な人間関係の中で、常に緊張状態にあると考えられます。今いる環境と自分との間に調和を感じ、ホッとして安らぐとき、私たちは「癒された」と感じるようです。
欲求段階説で有名なアメリカの心理学者アブラハム・マズローは、人間の基本的欲求を5段階にまとめました。

【マズローの欲求5段階説】
@生理的欲求
A安全・安定の欲求
B所属と愛の欲求(社会的欲求)
C承認の欲求(尊厳欲求)
D自己実現の欲求


このうち@〜Cまでは欠乏欲求とも呼ばれます。この欠乏欲求が満たされるとき、私たちは今いる環境に調和を感じ、ホッとして安心でき、「癒し」を感じるのだと私は考えます。


●癒しの第2ステップ「幸せになる力に気づく」

しかし、「癒し」には次のステップが存在します。欠乏欲求が満たされ、心の底からホッとして安らいで癒されたとき、人間の心は次のステップに進みます。マズローはこれを「D自己実現の欲求」と名づけました。生物としての安全が満たされ、社会的動物として所属・愛・承認欲求が満たされたとき、自分自身の力で幸せになる可能性が開かれてくる。その可能性に気づく「心」を私たちは持っています。それは、生物としての自分、社会的動物としての自分としっかりつながることで得られる自分を大切にする力です。自分勝手や自己愛とは異なる次元での自己受容から生まれる人間本来の力です。
2015年の私は、「癒しとは自分の存在と周囲の環境(家族・社会・自然環境など)との調和であり、自分の存在に対する安心感ではないか。→自分自身とのつながりが深まることが「癒し」なのではないか。」と、森林インストラクター東京会の講演で発表しました。


●癒しの第3ステップ「世界を幸せにする力に気づく」
ところが、「癒し」にはさらに次のステップが存在します。マズローは晩年に第6段階目として「自己超越の欲求」を提唱しました。どうやら、人間は個人を超えた「私たち(人間だけでなく地球のすべて)=世界」の幸せを願う生物のようなのです。
え? そんなの当たり前?
そうですよね。だけど、「世界」を幸せにするには、「自分」を幸せにする段階を超えていかなければならない。この段階が意外と難しいのが私たち人間です。

マズローの「自己超越の欲求」を源流としたトランスパーソナル心理学の思想家ケン・ウィルバーは、意識を3つの水準に分類しています。

【意識の三つの水準(ケン・ウィルバー)】
(1)プレパーソナル…自我を確立する以前(マズローの@〜Cの段階)
(2)パーソナル…自我を確立した水準。(マズローのD自己実現欲求の段階)
(3)トランスパーソナル…自我を超えていこうとする高次の心(意識)の水準。(マズローのE自己超越欲求の段階)


トランスパーソナルの水準は、スピリチュアルでのワンネスとか、般若心経の「色即是空、空即是色」とか、禅の「大我とは無我である」のような状態だと推測しています。私たちの魂はトランスパーソナル水準に向かう欲求、願いがあるのですが、それには自我を確立するパーソナル水準を経過し超えなければならないとウィルバーは述べています。

2021年の今、私が「癒し」を定義するとしたら、「@ホッと安らぐ、A「幸せになる力」に気づく、B「世界を幸せにする力」に気づく、というステップを踏みながら魂の願いに近づく旅路を歩いていると感じること。」かな。


●まとめ
森で癒されると感じたとき、皆さんはおそらく今いる環境に調和を感じ、ホッとして安らいだと感じていると思います。でも、「癒し」にはさらなるステップが存在する。森の癒しを広めたいと願うとき、ぜひ、癒しの第2ステップ、第3ステップへの可能性も感じてみてください。それが、実は森の癒しを広める本物の原動力になるのではないかと思っています。なぜなら、それが、人類が共通して持っている魂の願いだと思うからです。
posted by Yu SEKI at 08:53| サポーターコラム