早春の森の楽しみ方
森林セルフケアサポーター 宮下和之
森林セルフケアを実践されている皆さんは、四季折々の森の表情を楽しんでおられることと思います。今回は、一年の中でも特に変化に富んだ「早春」の森の楽しみ方をご紹介します。
冬の終わりに訪れる、小さな命の息吹
早春とは、いつ頃の季節でしょうか。
ここでは、冬の厳しい寒さが少しずつ緩み始め桜が咲く前までの時期を、早春と呼ぶことにしたいと思います。
この時期の森は、一見するとまだ冬枯れの景色が広がっているように見えますが、足元や枝先には、実はこの時期こそが活動期という生き物たちが、森のあちこちで動き始めています。足を止めてよく観察してみると、早春を待っていた小さな命たちの営みが見えてきます。早春の森の楽しみは、まさにこの“動き始めた変化”に出会うことにあります。
足元に広がる春の妖精たち
早春の森を訪れて足元に目を向けてみると、落ち葉の間や林床のわずかな隙間から、可憐な草本の花が顔をのぞかせています。
「スプリングエフェメラル(春の妖精)」と呼ばれる植物たちです。キクザキイチゲ、ニリンソウ、イチリンソウなど、これらの植物は春の短い期間だけ地上に姿を現し、樹木の葉が茂る前に花を咲かせ、種子を実らせて地下に潜ってしまいます。この時期だけに見られる植物なので、心が躍ります。また、スミレの仲間も早春の森を彩ります。タチツボスミレ、シハイスミレ、アオイスミレなど、まだ森全体が芽吹く前の限られた光を受けて咲く姿は、早春ならではの存在です。
これらの小さな紫や白の花を見つけたら、しゃがんで目線を合わせてみてください。森の中で膝を折り、視点を低くすることで、いつもと違う森の景色が広がります。
樹木たちの控えめな春の装い
足元だけでなく、顔を上げて樹木の枝先にも注目してみましょう。早春に花を咲かせる樹木は、控えめな美しさを持っています。
ヤブツバキの鮮やかな赤い花は、まだ緑の少ない森の中で目を引きます。クロモジの小さな黄色い花やキブシの房状の花が林縁を彩ります。枝に触れると、クロモジからは爽やかな香りが広がります。タムシバやコブシは白い花弁を広げて落葉した木々の中に点在し、ヤナギの仲間は、銀色の芽や黄色い花穂で春の訪れを告げています。
これらの花々は派手ではありませんが、早春の日差しの中で輝きと温かさを感じさせてくれます。ゆっくりと歩きながら、枝先の小さな変化を探してみてください。

水辺に宿る新しい命
散策路脇に小さな水路や水たまりがあれば、少し立ち止まって覗いてみてください。
条件が合えば、そこには両生類たちの卵塊が見つかるかもしれません。
ヤマアカガエルやニホンアカガエルは、まだ寒さの残る早春のうちに産卵を終えます。透明なゼリー状の卵塊の中に、黒い小さな粒々が集まっている様子は、静かな水辺の中で確かに始まっている命の営みを感じさせてくれます。ヒキガエルは長い紐状の卵を産み付け、また、場所によっては サンショウウオの仲間の卵塊に出会うこともあります。
種によって、卵の形や大きさは実にさまざまですが、まだ冷たさの残る水の中で、静かに次の世代が育まれている様子は、早春の森ならではの光景です。
水辺にしゃがみ込み、しばらく静かに観察してみましょう。冷たい水の中で、春に向かって確実に成長していく小さな命。その営みに触れることで、自然のリズムと、自分自身の心や体のリズムとを、そっと重ね合わせることができるかもしれません。

野鳥たちの子育て準備
森に響く音にも耳を澄ませてみましょう。
早春は、留鳥たちにとって繁殖期の始まりでもあります。シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラ、エナガ、メジロなどは、早ければこの時期から巣作りを始め、森の中がにわかに賑やかになります。
樹洞を探して幹を見回したり、地上で巣材を集めたり、巣材をくわえて巣穴に運んでいる姿が観察できるかもしれません。
ところで、野鳥たちが集める巣材で重要なものの一つは、なんだと思いますか?
実は「苔」です。苔は、私たちの身近な森の中にごく普通に生育しています。苔好きの方にとっては、可愛らしく、つい目が向いてしまう存在ですね。この身近な苔は、動物たちにとっては命を育むための大切な巣材として、生態系の中で重要な役割を担っています。
苔を通して、植物と動物がつながっていることに目を向けてみる。
そんな視点を持つことも、早春の森を味わう一つの楽しみ方なのかもしれません。

早春の森で心と体を整える
早春の森は、冬の静けさと春の躍動が交差する、特別な時間です。
まだ肌寒い空気の中で小さな命の芽吹きを探していると、自然と歩みはゆるやかになり、足を止め、目を凝らし、耳を澄ますことになります。その静かな時間の中で、森の内側で確かに進んでいる変化に気づくことができます。
森林セルフケアの時間としても、この「静かな始まり」に身をゆだねることは、とても豊かな体験になります。
まだ始まりきっていない季節を、焦らず味わう。
早春の森は、その大切さを、そっと教えてくれているのだと思います。