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2022年09月13日

役員コラム㉘「若き日の思い出」

若き日の思い出


NPO法人日本森林療法協会
理事長 原田 純子


今年のフォーラムの会場が駒沢公園と決まり、なんだかとても懐かしく嬉しかった。「駒沢」は学生時代から、もう何回も通った場所だから。でも過去の「駒沢」は公園ではなく競技場。

年齢が判ってしまうけれど、1964年の東京オリンピックは私が中学生になった年に行われた大きなイベントで、エセ体育会系?の私を作る強烈な要素になったと言って良い。高校生の頃にサッカーの魅力に獲り付かれた。当時の私には自分でプレイする選択肢はなかったので、好きなサッカーに関わりたいという一心でサッカー部のマネージャーになり、もっぱら週末は競技場に通いサッカー観戦に明け暮れ、看護学生になってもそんな生活は続いていた。とにかくサッカーの試合を観たいという思いで通った会場の1つが駒沢競技場だったのだ。

駒沢競技場では関東大学サッカーリーグまたは日本サッカーリーグ(Jリーグの前身)の試合が良く開催され、本当に良く通った。当時はまだ地下鉄は通っていなかったので、渋谷駅から往復バスだった。
社会人になってもサッカー好きは続いており、と言うより好きが高じてサッカーで就職してしまったので、「駒沢」との縁は形を変えて緩く細く繋がったままとなった。徐々に千駄ヶ谷の国立(霞ヶ丘)競技場や赤羽の西が丘サッカー場をホームとすることが多くなり、学生の頃のように駒沢競技場に通う事は無くなった。しかし奇遇なことに駒沢公園の隣に自社の選手が住んでいた社宅があり、アウェイの際には羽田までマイカーに相乗りで送迎をした事もある。

奇遇と言えば、数年前にスポーツビジョン(わかりやすく言えば動体視力)研究会の集会で、ゲストスピーカーに国際審判員の方をお招きしたことがあった。プレイヤーの目の動きはそれまでも色々と話題になることがあったが、審判は何を見ているのか?どこを注目しているのか?と言う事に焦点を当て、ワールドカップの試合で笛を吹いた話などを交えて講演をして頂いた。とても楽しくワクワクする講演で、懇親会で感謝の気持ちをお伝えしたら、何と彼は幼少の頃からお住まいが駒沢だったとか!駒沢競技場や駒沢公園は自分の庭なのでと、当時日本リーグの試合などを毎週末のように見に来て育ったらしい。そんな嬉しい繋がりも、私の中で「駒沢」の良いトピックスとなった。

今回奇しくもフォーラムの会場が「駒沢」となり今から思えば、試合の帰りに公園の木々の1本も観察して来れば良かったのに、と多くの時間を他に費やしていた若き日の思い出が蘇った。そんな私がなぜ森に?それはまた、追々と…。

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https://blog.canpan.info/jfts/archive/310

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posted by Yu SEKI at 07:56| 役員コラム