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藤岡喜美子のブログ

これまで細分化されてきた日本のサードセクターを横断的に再構築し、政府・行政セクター、企業セクターといった
従来のセクターに、イノベーティブで力強く活動するサードセクターが加わることで、3つのセクターが一体的に変化し、多様な主体者が社会問題を解決していく未来に日本に変えていきます。


自在に確かな人生を歩む [2019年08月12日(Mon)]
2年ぶりにブログ書きます。
8月2日に、真面目で、誠実な兄がこの世からいなくなりました。
40の時に私の父が、43の時に母が他界し
その後は、こどもや姪の結婚式、孫の誕生、姪のこどもの誕生などお祝が続いていました。
ともにに育った、兄弟とのお別れははじめてです。

洗濯物干していて
ふと、気がつけば
毎日の
洋服の色が黒や紺、白。
心して選んだ時の色が薄い紫。
気力が湧かない。
仕事は待ったなしで
淡々とこなしていますがミスが多い。
この状態は良くない。

7月31日
仕事の山場を越え、なお続く外部とのやりとりや1日2日の約束をすましたら
虫の知らせもあり
兄に会いにいくつもりだった。
手術ができない、抗がん剤による闘病生活が長い
兄に、会いに行くつもりだった。
兄が入院していた時にお見舞いにいった。
その日、兄は、シャンプーして、ひげをそったそうだ。
私が行くのを楽しみにしてくれていたのかな。
今年の5月の連休、埼玉にいる息子やまだ会っていなかった
孫を連れて自宅療養中の兄に会いにいったときは、これまでになく元気だったそうだ。
たくさん話をした。
7月31日に、治療方法を変えるために
再入院したそうだ。私は知らなかった。
8月2日に急変し午後6時半ごろ電話があった。
私は明石にいた。
電話口の様子から
私は「間に合わない」と思った。
宿泊をキャンセルし、戻る準備をした。
兄は午後7時すぎ息をひきとったそうだ。

明石で、亡くなった父の言葉を思い出した。
地域や社会に自分の役割があれば
その事、その時、誠実に行いなさい。
自分が受けた恩恵は、地域や社会に返しなさい。
何があっても、慌ててはいけない。
家族は、長い年月で心が繋がっている。

昨年の放課後児童支援員認定資格研修の講師を御願いした
塩崎美穂先生を思い出す。
まだ、お若い先生ですが、尊敬する方です。
昨年お母様がご他界され
お通夜の日にあたっていた研修は休まれましたが
お葬式の翌日は壇上へ
とても優しく、強く、誠実な先生です。
広く社会をみて、こども、人を愛してみえます。

昨日
まずは、家の中
お掃除して
整理して
食事もきちんととらないといけないと思い
沢山買い物して、野菜の下ごしらえして
3食、栄養バランス考えてちゃんと食事を頂いた。

まだ、気力はでませんが、7月30日で65歳になっています。
未熟な私ですが
孔子の言葉より
「私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった」
私は39歳で婦人会長、44歳で地方議員、48歳のときに市民フォーラムへ、50歳で事務局長
器ではないと自覚しながら、助けて頂きながら
努力しています。
自分の知力、能力を頼みにできるときは
どのようなことが起きても
問題ないですが
これからも自分の役割を果たすために
それを超えた問題に出合っても
家族との毎日、わずかな時間も大切にし
迷わず
誠実に、自在にして、確かな人生を歩みたい。
写真は8月6日の霞山会館にて
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