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藤岡喜美子のブログ

これまで細分化されてきた日本のサードセクターを横断的に再構築し、政府・行政セクター、企業セクターといった
従来のセクターに、イノベーティブで力強く活動するサードセクターが加わることで、3つのセクターが一体的に変化し、多様な主体者が社会問題を解決していく未来に日本に変えていきます。


一期一会 [2013年04月18日(Thu)]
二度とお会いすることができない悲しみを胸に
謹んでお悔やみを申し上げます。

一期一会(いちごいちえ)とは、平たく言えば、これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい、ということです。

昨日、久しぶりのひとに会いました。一期一会が大切ねと。会いたいなとおもったら行動に移すのがいいよねと。その時、私はなぜか、東日本大震災発生後、アレルギーのこどものために、ともに行動をしたNPOの方のことを思い出し、下記のようなことがあったこと滔々と語りました。
そしてそのあとすぐに、その方の悲しい知らせを受けました。
もう少し長生きして、アレルギーのお子さんのための活動をしたかったと話されていたそうです。

2011年3月11日東日本大震災の直後、愛知県に事務所があるアレルギー支援の団体に被災地のアレルギーの患者の保護者の方からSOSのメールが入りました。「年長の男の子に卵、甲殻類のアレルギーがあります。支援物資届けていただけないでしょうか。」わずか24時間で、非常勤職員1人の愛知県のNPOに8件のSOSがはりました。ネットで懸命に支援してくれる人をしらべたのでしょう。外部へのアクセスがまだ困難な時期です。彼らはすぐに東北へ向かい、製造メーカーにある在庫とともに組織が備蓄していたアルファ米を、現地へ届けました。それでもたりません。震災発生後4日目の2011年3月15日、被災地を支援している団体から私のところに電話がありました。
「『アレルギー患者は日頃から災害に備えているので2、3日は何とかなるけれども、その先は全く見通しがありません。助けてくれるところもありません』など悲壮なメールや電話が私どもに入ってきています。都道府県、市町村が災害用に備蓄しているアルファ米の現地への供給要請を市町村にしてください。現地での活動費がたりません。応援してください。」
その方が市の担当課に電話をしても被災地の市町村から要請がないと救援物資はおくることはできないといい、被災地はそれどころではなく、要請は無理であるとか何度かやりとりをされたそうです。私は、市町村とはつながりのある活動をしていましたので、私から担当課に連絡するも、公費で購入しているアルファ米を民間からの要請ではおくれないとつれなくも即答。命がかかっていますので、私もやむにやまれず直接市長に電話をしたりしていました。
活動費は寄付や助成金などでつなぎました。国外で活動しているNGOのように初動資金の蓄積があり、体力があるわけではありませんので、綱渡り状態でした。財政基盤が脆弱でありながらも、被災地の救援をできないとあきらめるのではなく懸命に活動を続けられました。東北でお会いしたときに、「おれの身体くさいよ」と苦笑いしてみえたこと思いだします。私は自らと自らの組織の力不足に嘆くも、少しでもと思い活動をしていました。
彼は市の職員でした。引き続き被災地の支援をしたいと休職をお願いするもかなわず、退職して支援活動を続けられました。
私もこの1年沿岸部の起業支援をしていて時間にゆとりがなく、彼に連絡をとることなく、どうしてみえるかな、最近メールがこないな、連絡をしてみようかなと思った矢先の朴報でした。
いったい、私は何をしているのでしょうか。
中途半端なことばかりではないのかと
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