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〔後房雄のブログ〕

現実関与型の政治学者が、日本政治、自治体改革、NPOやサードセクターの動向などについて話題を提供しています。一応研究者なので、面白かった本や論文の紹介もします。


NPO有給職員のボランティア活動 [2010年03月14日(Sun)]
3月11日付けの『中日新聞』朝刊に、「NPO法人 残業代未払い」という大きな記事が出ました。

私が代表理事である市民フォーラム21・NPOセンターへの濡れ衣なので、12日に記者会見を開き、それについての記事が13日付けの各紙に掲載されました。市民フォーラム21・NPOセンターのHPに関係資料がアップされています。

問題の主な内容は、当該元職員が、在職中には一切要求しなかった件について、退職後かなりたってから突然、労基署を通じて要求してきたという経過で(これまで当人はこちらとの直接の面談を拒否し続けてきました)、当人の届出忘れとこちらの管理不備によって「未払い」が生じたということです。しかも、それが新聞によって報道されたのは不思議なことです。労基署が漏らすはずのないことですから。

13日付けの各紙の報道で、今回払うこととした「残業代」が「約2万円」という記述があり、膨大な残業代を払えという「是正勧告書」が出されたかのような歪曲は一応払拭されたので、記者会見の報道としてはありがたかったと思います。

しかし、私たちの記者会見資料を読んでいただければ了解していただけるように、大きく二点、十分に記事では紹介されなかった論点があります。この場で補足説明しておきたいと思います。

@まず、今回出されたうちでの「是正勧告書」と「指導票」の違い、および行政指導にとどまる両者と「書類送検」の違いが正確に認識されていません。

労働基準監督署の「指導票」は法令違反の恐れがある場合に出され、重大な問題にならないうちに解決させるものです。「是正勧告書」は、法違反などの問題があると判断された場合に出され、指定期日までに是正させるためのものです。この二つは、悪質とみなされた場合の「書類送検」とは異なり、法違反などの問題が深刻で重大な被害を与えないうちに解決させるために出されるもので、行政指導という性格のものです。

今回の当法人に対する「是正勧告書」では3点、「指導票」では2点の指摘がありました。私たちとしては、こうした指摘を真摯に受け止め、是正勧告につきましては期日までに解決し、指導票の項目につきましても、労働基準監督署の指導に基づき、今後A氏と協議をし、早急に解決するべく努力をしていきます。
(記者会見資料)

当人が要求している「残業代」(私たちの主張ではボランティア活動部分)については、労基署としては残業代とは認定せず、当事者双方の協議に委ねるということで、是正勧告ではなく指導票において指摘されています。これは、労基署が事務所調査や職員へのヒアリングを通じて、NPOの特徴をかなり理解されたことの表現です。

是正勧告書で指摘され、私たちも支払うこととしたのは、「残業代」ではなく、本人の届出忘れとこちらの管理不備によって生じた休日出勤1日分の給与と休日割増金の約1万2千円だけです。

もう一件、指導票で指摘された、本人の自己申告漏れの1日分の給与約8千円も今回支払うこととしました。

これを合計して、約2万円の残業代(?)を支払うこととした、という報道になっているわけで、不正確ですが、やむをえないのかもしれません。

以上についてコメントすれば、是正勧告書の指摘も含めて、現在の段階では民対民での紛争事項なのであり、裁判に訴えた上で決着する可能性もあるわけですから、これについて確定的な不正であるかのような記事が書かれるというのは、一流大企業並みの扱いと言えるでしょう。

ある意味では光栄なことなので、12日の理事会でも発言がありましたが、市民フォーラムのマネジメント水準をさらに一段飛躍させるチャンスととらえて改善していきたいと思います。

ANPOにとってより重大な論点は、NPOの有給職員のボランティア活動部分を、「残業」と見なすべきかどうか、という問題です。労基署の判断も不確定ですし、労働法の研究者の間でも「課題」と指摘されるにとどまり、ほとんど研究はないそうです。

この件は、NPOの有給職員の時間外の活動が時間外労働であるか、ボランティア活動であるかという点の認識の相違が背景にあります。この問題は有給職員を雇用する段階になったNPOが共通に直面する問題です。

ボランティアの協力を受けるNPOの有給職員は、有給労働に加えてボランティアとしても活動することが多いのが実態です。当法人の場合は、10時から19時までの8時間を時間内の労働時間としています。それ以外は、管理者の指示があった場合を除き、ボランティア活動の時間という合意が組織と有給職員との間で存在しています。

今回は、元職員が入職直後でNPOの実態についてよく知らなかったことと、当法人からの説明が不足していたことが理由で、元職員が時間外労働と捉えたと思われます。労働基準監督署もNPOにおける有給職員の活動実態を現場調査や現職員へのヒアリングを通じて理解され、当事者間において協議するように指導がありました。
(記者会見資料)

有給職員のボランティア活動部分について、あたかも「搾取」であるかのような誤解をする人もいるようですが、それによって人件費分が節約できて黒字が出たとしても、それは関係者の間で利益配分される可能性はなく、すべて組織の活動に使われるのがNPOの核心です。だからこそ、一般のボランティアも有給職員のボランティアも自発的な意思で行われうるわけです。

実態からすれば、そうしたボランティア部分があったとしてもなお、赤字になることが多いでしょう。それでも組織のミッションを実現しようとする人が自発的にNPOを支えるのです。外形的に企業に多いサービス残業と区別しにくいという問題があるとしても、利益の非配分と本人の同意というNPOの本質にかかわる論点ですから、NPOとしては避けずに議論し続けるべきだと思います。

市民フォーラム自身もまさにそういう歩みを経てきたわけですが、初期には8時間労働部分ですら正規の賃金が払えず、初代職員の志によってようやく常勤職員体制を実現できるという状況でした。(よくある質問ですが、お金ができたら雇いたいという展開は実は非現実的で、雇って初めて収入が増大して給与の支払いが可能になるというプロセスを初期のNPOは宿命的に辿らざるをえないのです。)

10年以上の歩みのなかでようやく、職員、役員、会員の努力によって、時間内労働については総合職初任給19万円という水準に到達しています。市民フォーラムがこの地域のNPO職員の賃金水準を引き上げる牽引役を果たしてきたことは自負できると考えています。

役員、会員、有給職員のボランティア活動も含めて、組織をさらに成長させることによって、本来の時間外労働を妥当な程度に制度化することが今後の課題になります。これまでも、期末手当の支払いによって実質的にカバーしていた部分もありますが、どこまでが時間外労働で、どこからがボランティア活動かというルールと職員の合意をより質の高いものに向上させていくことが必要です。

NPOの有給職員のボランティア活動というNPOにとって本質的な問題(これはボランティア一般の問題でもあります)を、今回の記事のように歪曲して政治的に利用する一部マスコミの感覚には絶望的になりますが、これもまた、この問題を社会に認識してもらうチャンスだと捉えるべきなのでしょう。

多くのNPO関係者の発言を期待します。

市民フォーラムは、こうした闘いの最前線に立つことをインフラ組織としての栄誉だと捉えます。
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