3日付けのコリエーレ・デラ・セーラ紙の記事で選挙制度の見直しをめぐる動向が分かりました。
イタリアは戦後一貫して完全小選挙区制でやってきましたが、冷戦終結後、「政権交代のある民主主義」をめざして93年に75%小選挙区制、25%比例代表制の連用制を導入しました。その後、2005年には、全国一区で比例代表制で投票して、相対第一位の名簿に630議席中の340議席(55.1%)の多数議席を与え、残りの議席を他の名簿で比例配分するという新しい制度が導入されました。
2005年の制度について、日本の新聞は比例代表制が復活したなどという誤った報道をしていましたが、第一党に過半数の議席を与えて政権を運営させるというのがこの制度の主眼です。その意味で、小選挙区制と同じく多数決型、政権選択型の選挙制度といえます。
イタリアの政党が制度の意味を過剰なまでに理解して戦略的に行動するため、94年、96年、2001年、2006年、2008年と5回の総選挙すべてで政権が交代しています。その反面での問題は、選挙に勝つために広範な連合を組むため(選挙の前にやるところが日本とは違うところです)、選挙後の政権運営が内部対立で停滞するということです。
日本の政党は政権を取るために戦略的に連合を組む習慣がないために政権交代までに15年もかかりましたが、09年の民主党政権の混乱は、イタリアと同様の「統治」=政権運営の問題をようやく意識させるに至ったということになります。
我々のヒアリングでも、首相や首相府の権限を強化する制度改革がこの20年くらいの間にかなり進んでいること、政府が国会運営をコントロールできる仕組みも日本と違ってある程度整備されていることが確認されました。
象徴的な例は、首相が国会に出るのは信任、不信任の投票の時くらいで、日本のように130日以上も朝から夕方まで国会に貼り付けにされるなどということはありえないということです。フザーロさんも目を丸くして驚いていました。
しかも、副大臣や政務次官というポストは、そもそも大臣が国会に行かなくても済むようにということで設置されたという歴史的経過もあるようです。野党が首相や大臣を呼びつけることにこだわって、本来の仕事ができないようにし、国際会議への出席すらままならないようにしているのはほとんど日本だけの悪習のようですね。
それはともかく、09年11月に、イタリアの財政危機、国債金利の高騰という圧力によってベルルスコーニがようやく退場したため、現在は、来年4月までの期間限定で首相以下全員が非政治家という専門家内閣が経済財政対策をやっているわけです。
近づく総選挙に向けて、中道左派連合の首相候補の予備選が11月25日に予定されており、中道右派もつい最近、12月に首相候補の予備選をやることを決めました。
こうした状況で、大統領が総選挙の前に選挙制度改革をやれと強く要請していることもあって、その議論が国会でなされているのですが、焦点は、第一党に340議席を与えるというプレミアム制度の是非にあるようです。
これは、総選挙での政権選択を明確にするかどうかということがかかった重大問題です。全国一区で1票でも多い名簿が過半数議席を得るというのはたしかにやや乱暴です(実際、2006年はわずか二万票の差で中道左派が勝利し、この制度を入れた本人のベルルスコーニが数え直せと騒いだという前例があります)。本来は、フランス小選挙区2回投票制という案が有識者には支持されているようですが、政党の政治的利害と直結するので、合理的な議論にはなりません。
現在も、ベルルスコーニの退場や、先日のミラノ地裁での彼に対する禁固4年の実刑判決などもあって、中道右派は20%以下まで支持を減らしているのに対し、民主党を中心とする中道左派は35%以上の支持を集めています。さらに、6,7%の中道連合が今度は中道左派に付くという姿勢を示しているので、このままいけば、中道左派政権が確実とみられています。(唯一の不安要因が、既成政党全体、政治家全体を否定する5つ星運動がパルマ市長選での勝利に続きシチリア州議会で第一党になるなど、総選挙では20%くらいまで伸びるのではないかという勢いであることです。リーダーのグリッロ氏は首相を目指すことを宣言しています)
こういう状況なので、かつて05年の選挙制度を導入した中道右派が、中道左派政権を阻止するためにプレミアム制度を廃止ないしは弱化させようとしています。中道左派が単独過半数を得られなければ、いろいろ余地が出てくるということでしょう。
それに加えて、現在のモンティ首相を来年の総選挙後も続けさせようとする勢力も比例代表制を支持ているようです。なぜなら、中道左派単独政権になるとモンティはせいぜい財務大臣として残る程度ですが、比例代表制でどこも過半数を取れない状況になれば、また超党派の国会多数派を従えてモンティ専門家内閣が継続できる可能性があるからです。
こうした思惑のなかで、焦点は、現在のような無条件のプレミアム制度を維持するか、それともプレミアムをもらえるのを40%以上の得票を得た場合だけに限定するか(第一党が40%以下の場合、プレミアムをまったくなくすか、12%くらいのプレミアムを付けて連合政権作りで優位にたてるようにするかという選択肢はあるようです)にあるようです。
政権選択型という範囲で、現在の選挙制度を改善する余地はあると私も思いますが、現状では比例代表制に近づける方向での改革にしかなりようがないので、フザーロ教授と同じく、現在の制度で総選挙をやったうえであらためて検討することにした方がいいと思います。
お分かりのように、現在の日本でも中選挙区制の復活や比例代表制への転換を主張する声が高まっているのとかなり共通した状況です。
私自身は、政権選択型のシステムを一旦選んだ以上、それをきちんと運用してみるべきだと考えています。そのためには、首相や内閣の指導力を強化する体制整備、国会運営を政権与党主導で行える改革をさらに進める必要があります。特に、二院制の矛盾をどうにかすることが急務です。たとえば、予算案についての衆議院の優越を、予算関連法案にも適用するという協定を主要政党の間で形成することが現実的だと思います。
こうした具体的な改善策を飛び越えて、今度はやっぱり比例代表制がいいなどというのは、政治システム全体を視野に入れない暴論にすぎません。日本の政党がそもそも比例名簿を作れるのか、選挙後の政党の離合集散にどう歯止めをかけるのか、そうした状況でまともな政権運営ができるのか、などの重大問題もあります。
なお、出発前に、比例代表制への転換を主張している小林良彰『政権交代』中公新書の書評原稿(東京新聞・中日新聞用)を書いてきましたので、そのうち掲載されると思います。