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出雲弥生の森博物館
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出雲弥生の森博物館職員
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出西岩樋跡 出雲の文化財〜Part18〜 [2011年10月01日(Sat)]

 本日、出雲市キラキラは隣接する斐川町キラキラと合併しましたびっくり

 そこで、今日太陽は旧斐川町の遺跡を紹介します笑い

 今回紹介する出西岩樋跡キラキラは、以前このブログでも紹介した来原岩樋跡キラキラの対岸泳ぐに位置しています音符


※写真は現在の岩樋の様子です


 これらの岩樋キラキラは、近世以降の水上交通ボートを考えるうえで、とても重要な遺跡キラキラです笑い

 両岩樋キラキラとも松江藩クローバーにより作られたものですが、来原岩樋キラキラが元禄13(1700)年に完成したのに対し、出西岩樋キラキラはそれよりやや古い貞享2(1685)年に完成したといわれています笑顔

 天井川である斐伊川汗と、それより低い位置にある高瀬川汗を結ぶ閘門(こうもん)式と呼ばれる運河のような施設になっていたようで、高低差のある両川を移動する際に使用されました音符


出西岩樋跡説明板


 松江藩クローバーは、領地である仁多・飯石・大原の各地から松江へ、米・鉄・たきぎ・木炭などを運びために、この岩樋を通る水運ボートを利用していたようです音符

 昭和41(1966)年に改修され、閘門式ではなくなりましたが、現在も灌漑用水の取水口汗として利用されていますびっくり笑い


 


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