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出雲弥生の森博物館
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〜おうちで弥生の森ミュージアム!第9回 常設展リニューアル その5「史跡 鰐淵寺境内」〜 [2020年06月24日(Wed)]

 おうちで弥生の森ミュージアム!
 出雲弥生の森博物館を紹介していきます。おうちでのんびりゆったり、博物館を楽しんでください。
 さて、今回紹介するのは、リニューアルした常設展で、新たに展示解説することとなった「史跡 鰐淵寺境内」です。

 北山山中、出雲市別所町にある天台宗の古刹 鰐淵寺(がくえんじ)。美しい紅葉を見に訪れたことがある方も多いことでしょう。2016(平成28)年3月1日、その境内が国の史跡に指定されました。「中国地方を代表する山林寺院として貴重」というのが主な指定理由です。
たくさんの人々がお参りしているにも関わらず、今でも神秘のベールに包まれた鰐淵寺とは、いったいどんなお寺なのでしょうか。ここでは、そのすごさや魅力の一端をQ&A形式でご紹介します。

図0 鰐淵境内の位置-01.jpg

鰐淵寺境内の位置



1 Q 鰐淵寺境内の広さは?
  A「鰐淵寺境内」として国の史跡に指定された面積はなんと,2,879,482u!出雲ドーム約177個分、東京ドーム約62個分の広さです。地図で示すと出雲市別所町のほとんどが史跡の範囲ということが分かります。
なお、「別所町」という地名は、比叡山延暦寺が「本所」とされていたのに対して、末寺の鰐淵寺が「別所」と呼ばれていたことに由来します。

図1 鰐淵寺範囲-01.jpg

出雲市別所町と鰐淵寺境内の範囲



2 Q いつから全国的に有名だった?
  A 1179年ごろに成立した後白河法皇撰の歌謡集『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』に、「聖(ひじり)の住所(すみか)」、つまり、仏教者の修業の場として「出雲の鰐淵(わにぶち)」が挙げられていることから、鰐淵寺は平安時代末には全国的に知られていたことが分かります。
 また、鎌倉時代には、鰐淵寺は「国中第一之伽藍(がらん)」と呼ばれ、「国中第一之霊神(れいしん)」と称された出雲大社とともに、出雲国における信仰の中心的存在でした。

図2 浮浪滝と蔵王堂.jpg

浮浪滝を中心とする「鰐淵」は全国に知れ渡っていた



3 Q ご本尊は?
  A 最上段に建つ根本堂(こんぽんどう)に、ご本尊として千手観音菩薩薬師如来(いずれも秘仏)が祀られています。かつて、鰐淵寺は、本尊を千手観音菩薩とする北院と、薬師如来とする南院の二つに分かれていましたが、室町時代に両本尊を並べて祀る根本堂を創建し、両院が統一されました。現在の根本堂は江戸時代に建てられたものですが、この両院の歴史と和合の精神は今に受け継がれています。

図3 根本堂.JPG

ご本尊が祀られている根本堂



4 Q かつて僧は何人いた?
  A 南北朝時代に鰐淵寺の南北両院が統一された際には、48カ条の式目が定められ、122名もの僧が署名しています。今では閑散とした山間の境内にたくさんの僧がいたというのは、にわかに信じられないかもしれません。しかし、境内の調査を行ったところ、僧坊(僧の住居)が建っていたと思われる平坦面が80カ所で確認されました。これにより、境内に大勢の僧が住んでいたことが、考古学的にも裏付けられました。

図4 和多坊跡.jpg

中心的な僧坊であった「和多坊」の跡



5 Q なぜお寺の境内に神社があるの?
  A 根本堂の南には摩多羅(まだら)神社がありますがこれを不思議に思う方もいるでしょう。かつて、日本に仏教が伝わり広まる過程で、「仏と神は本来同一である」とする神仏習合(しんぶつしゅうごう)思想が生まれました。この思想を背景に、鎌倉時代以降、鰐淵寺と出雲大社は固く結びつき繁栄しました。そして、両者の関係が途絶えた江戸時代に、鰐淵寺境内には摩多羅神社が建てられました。摩多羅神社は神仏習合の歴史を今に伝える貴重なお社なのです。

図5 摩多羅神社.JPG

神仏習合の歴史を物語る摩多羅神社



文章:学芸員 三原 一将


 この機会にぜひ、リニューアルした常設展をご覧ください!みなさんのご来館をお待ちしています♪


参考サイト
博物館ホームページ

〜おうちで弥生の森ミュージアム!〜
第1回 マスコットキャラクター「よすみちゃん」
第2回 春季企画展「『日本書紀』1300年記念 硯から見た古代の出雲」
第3回 常設展リニューアル その1「縄文時代の土器・石器」
第4回 ギャラリー展「田儀櫻井家のたたら製鉄 その1 宮本鍛冶山内遺跡
第5回 速報展「1/80の調査 ―史跡鰐淵寺境内の調査から―」
第6回 常設展リニューアル その2「弥生時代」
第7回 常設展リニューアル その3「古墳時代後期」
第8回 常設展リニューアル その4「猪目洞窟(いのめどうくつ)遺跡の人骨」