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自分を信じること [2016年06月22日(Wed)]
よく、聞きませんか?「自分を信じよう。」って、言葉。
あたしゃ、自分に自信がないので、自分を信じようって言われてもなーあって、感じです。
(ちびっと、不真面目ですいません。)

でも、自分を信じる物語を最近聞きました。
格闘技系、ある県のインターハイ予選でのお話し。
中学生から鳴り物入りでその部活の入部したAさん、高校に入ってからは目が出ず、監督からは「お前、なんで弱いんだ。やめちぃまえ。」と罵声をあびる毎日。
それでも、腐ることなく練習を続け、高校3年生になったこの大会。
Aさん、個人戦では、周囲の予想通りの準々決勝で敗退。

で、迎えた翌日の団体戦。
準決勝まで、Aさんのチームは勝ち進みましたが、その相手は、優勝候補本命のチーム、しかも大将は前日の個人戦優勝者、つまり県のチャンピオン。
で、試合は進み、大将Aさんの出番。
それまでの経過。
●○●引分けの1−2、しかも相手に内容で大きく引き離され、勝っても僅差ではチーム戦敗退という絶対絶命。

ところで、高校入学後成績を残せないAさんは、ふがいない自分に腹を立て、2年生になってから練習終了後帰宅してから個人コーチにつき、猛練習を重ねていた。
そのコーチが、前日の個人戦を観戦したところ、あれ、A、結構やれるぞ、これなら、個人戦だって勝てるかもしれないと思い、Aさんに声をかける。
「A、俺、会場で他校の選手の様子を見たら、お前、結構やれるって思ったぞ、自分だって自分を信じていないかもしれないけど、やれる。自分を信じてやってみろ。」と。

個人戦終了後、コーチはまたAさんに声をかける。
「お前、自分を信じてたか?信じてなかったろう。見てたら分かるんだ。明日は、お前がキーになる場面が来るような気がする。やってみろ、自分を信じて、やってみるんだ。」

準決勝のその試合、誰もが予想しなかった大逆転劇。
Aさんが、県のチャンピオンを大差で破り、逆転の勝利を呼び込む。
チームのみんな、応援の父兄、監督までもが大号泣。
決勝戦は、あっというまの3連勝で、早々と優勝決定。
大将のAさん、その決勝戦中も涙が止まらない。

その日、その翌日もお母さんとAさん、涙がとまらなかったそうです。
2年生からの1年間、週3日、学校から帰り、9時から12時までの練習。
休んだのは、インフルエンザの1日と遠征試合の1日、たった2日だったそうです。

「自分を信じること」

とっても素敵なノンフィクションのお話でした。
当たり前のこと [2016年03月25日(Fri)]
当たり前といえば、僕のような年配者は、藤田まこと「あたりまえだのクラッカーぁぁぁ。」となります。(^^)
って、藤田まこと、誰じゃぁぁぁぁと、お思いのあなた。
と、毎度、どうでもいい前置きです、はい。(**)

当たり前といえば、挨拶。
こんにちわ、ありがとうなど、3つの子どもでも言える、当たり前の挨拶。
ところが、この挨拶も、当たり前が当たり前でない場合もある。
登場するのは、松下幸之助。
松下幸之助といえば、伝説の経営者。
日本国民のみなさまに使ってもらおうと、ナショナル電気という会社名をつけ、高度成長期とともに大躍進した会社。
もちろん、名経営者としても超有名。

晩年になり、会社の何十周年記念パーティかで、壇上にたった松下幸之助。
「ありがとうございます。」と、会社、関係者の方々に頭を下げ、挨拶をされました。
その頭をさげた姿勢に、会場の皆が感動し、涙を流したそうです。
たかが、挨拶。
されど、挨拶。
まちがいなく、その挨拶には、素晴らしい感謝の気持ちが込められていたのでしょう。
松下幸之助は、その場だけではなく、普段から周囲の皆様に、感謝の気持ちを込めた挨拶をし続けて、それの一つの完成版が、パーティでの皆を感動させた「ありがとうございます。」につながったのだと思います。

たかが、挨拶。
されど、挨拶。

当たり前のことも精度も磨くと、当たり前でなくなる。
きっと、わたしたちの周りには、当たり前のことがごろごろ転がっており、何人かの素晴らしい方々が、その当たり前を、当たり前でなくしているのかなーあ、なんて、思った、松下幸之助さんの挨拶の話でした。


水に流すって??? [2016年03月21日(Mon)]
水に流すって、表現、日本以外のあるのかな?
「わかりました。もう謝らなくていいよ。このことは、もう水に流すから。」
これって、過去の失敗、間違いのことは、まさに水に流すように、なかったことにしちゃうってこと。

思うのは、将棋。
今の若い人は、あんまり将棋をしないけど、僕たちが子供のころ、室内ゲームの王様は、将棋だった。
いわゆる、普通の将棋以外に、軍人将棋、はさみ将棋、周り将棋とか、いろいろなバリエーションがあった。でも軍人将棋なんて、将棋とはかなり違うゲームだったけど、それはそれで結構面白かった。でも、今の時代、軍人なんて言葉のゲーム、ある種の方々が顔を真っ赤にして、反対するんだろうな。(^^)

で、将棋。
これもともとのオリジナルなゲームがあったらしく、西欧ではチェスとして進化し、中国では将棋となり、中国経由ではいってきた日本では、独特の進化をとげた。

それは、とった駒がもう一度使えるルール。
これって、多分、ものすごく日本的。
さっきまで敵だったのを、水に流して、自分の陣営に加えて、活躍させる。
「水に流す」って、社会的土壌があるから、この再復活ルールが生まれた気がする。

皆さん、自分の色んなこと、ずっと抱えていないで、水に流しちゃいませんか。
(くぅぅぅぅ、これ書いた、つまり、わ・た・く・し・、いいまとめしちゃったぁぁぁ。ってなんて、け、け、けっして、思っていません。)

気晴らし [2016年03月10日(Thu)]
最近、時間がある時にダビングしておいた映画を見ます。
以前は、テープ、それからDVD、今はブルーレイに録画してそれなりのタイトルの映画をもってます。
リヴァー・フェニックスの「旅立ちの時」というタイトルの映画。
とっても、よかってですぅぅぅ。
でも、この映画の時代背景、多分、若い世代には理解できないかもしれないなーあって、思いますた。

時代背景をちょこっと説明すると、アメリカでもベトナム戦争当時、革命運動を目指すグループがあって、なんて説明すると、多分、その革命運動自体も説明しなきゃいけなくなるんだろうと思います。(笑)
冷戦時代が、なんか懐かしい。
その時代、ハリウッド映画のスパイもの系、悪は共産主義者って、分かりやすかったもんねーえ。(笑)
アーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスト・スターローンとか、好きだったなーあ。
なにしろ、わかりやすい。
がんがん、銃を撃って、悪人をやっつけちゃう。

すいません、気晴らし、映画のお話しでした。
にしても、リヴァー・フェニックス、もっていなかったなーあ。
生きてれば、絶対に、アメリカNO。1、イケメン俳優の座、獲得したのにな。
大黒シズオの件 [2016年03月05日(Sat)]
サポステのキャラクターになった「大黒シズオ」が主人公の漫画「俺はまだホンキをだしていないだけ。」をご存知でしょうか?
最初、厚生労働省がこのキャラクター、キャッチコピーを使うって知った時、厚労省、何考えてるんだ、代理店の奴に丸め込まれたなって、思いました。
「キミはまだ本気を出していないだけ。」なんて、上から目線、サポステの支援体制、利用者さんの辛い気持ちに寄り添う、ってのとぜんぜんちゃぅぅぅ。
これが、僕の偽らざる気持ちでした。

でも、厚労省から、「うちら腹きめたんよ、サポステのこと、誰もしらないじゃん。
だったら、批判されても、サポステのことが世間に知られる方が大切じゃんか。
そんで、あんたらサポステのみんなが、ちゃんと批判にこたえる。
そんでもって、世間の皆様が、サポステ、そうなんだーあ。
ちゃんとしてんじゃんかぁぁぁ。
となりましょう。」って。

なるほど、なるほど、なるほどねぇぇぇ。(byフジワラ原西)

てなわけで、わだすの名刺には、大黒シズオさんのシール張ってます。
大黒シズオシール、欲しい人、イオン下妻、イオンモール下妻のイベントで、声掛けしてくださいませ。
そんでもって、サポステに興味があるふりをしたサクラさんをやってくださいませ。(笑)
よろしくです。
幸せのこと [2015年07月21日(Tue)]
今日の朝、テレビの、多分情報番組かなんかだと思いますが、四つの部品みたいなのを組み立てると、あっと言う間に、お掃除ロボットみたいなのができちゃうってのをやってました。
作ったのは子供で、番組の人が、これどんな風に使いたいですか? の質問には、「ごみが一杯あると所で使いたい。」と、当然の答え。
で、便利でいいですねーえと、スタジオの声。

おぃ・・・、待てよ。
なんか、ちょっと違和感。

今の世の中って、幸せじゃないとアカンでしょうみたいな大合唱が行われているような。
癒されましょうぉぉぉ、みたいな。
こうすれば心が安定する。
ああすれば、人との付き合い方がうまくなるみたいな。

こうこうこうして、ああこうああして、あんなんして、こんなんして、そんでもって、幸せになりましょうぉぉぉぉぉぉ、って。

幸せじゃないとだめなのかな?
なんかの調査で、すべてを手に入れて幸せになると、今度はそれを失うんじゃないかって、幸せ感がすぐに失われる。
30%うまくいかないことがある、70%くらいの幸せ感が、一番幸せと感じるパーセントらしい。

幸せを求める今の風潮は、なんか違和感がある。
それ、利己的って言っちゃだめなのかな?
幸せじゃないとダメなのかな。
ひきこもりの問題も、不登校の問題も、ニートの問題も。
そのままじゃ、だめなのかな?

何かが足りない、今に満足していない。
そんなところから、色んな新しいもんが生まれてくるんじゃないかな?
物のことじゃない。
形にならない、精神的なことの話。

わ・た・く・し、へそ曲がりにつき、
みんなが右ぃぃぃって言うと、左を向きたくなる。
ひきこもりも不登校もニートも、みんなオッケー。
そのままでいいじゃない。
かじれる間は、親のすねかじって。
そんで、動きたくなったら、サポステのような団体にヘルプミー。

大丈夫、大丈夫。
ゆっくり、ゆっくり。
あせらない、あわてない、あきらめない。
でぇぇぇぇぇすぅぅぅぅぅ。


元気が出る文章??? [2015年06月30日(Tue)]
知人からいい文章があったよとメールをいただきましたので、ご紹介したいと思います。

******************************
笑えるのは、楽しんでる証拠。
怒るのは、真剣だった証拠。

喧嘩するのは、一緒だった証拠。
つまずくのは、進んでいる証拠。

裏切られるのは、信じていた証拠。
失恋は愛していた証拠。

「疲れた」は、頑張った証拠。
「失敗した」は、挑戦した証拠。

「もう止めようかな」は、
まだ希望を捨てずにいた証拠。

「素直になれない」は、
それだけ愛している証拠。

もう良いは、全然よくない証拠。
大丈夫は、全然大丈夫じゃない証拠。

いつもヘラヘラしてる人は、
過去に何かあった人

よく笑う人は、よく泣いた人
よく大丈夫と言う人は、よく無理をする人

よく強がる人は、よく我慢する人

幸せな人は、幸せを知っているから
優しくなれる。強くなれる。

努力する人は希望を語り、
怠ける人は不満を語る。

泣きたかったら泣けばいい
辛かったら頼ればいい

我慢できなくなったら我慢しなくていい
笑うのが疲れたら無理しなくていい

「明日笑えるかな」
って思うより
「明日少し笑ってみよう」
って思う方が辛くない。

立ち止まることは、
悪いことなんかじゃない。

辛いとき。苦しいとき。

少し休憩して
またもう一度歩きだせばいい。

*****************************

という文章です。
こういう文章、なんかなーあと思う方もいらっしゃると思います。
で、それはそれで立派なご意見だと思います。

かくいうわだす、以前、相田みつを先生のやつ、まーあ、きらいでした。(笑)
わだすは、素直じゃないもんで、高校生の時も吉田拓郎の歌、ほんとは心に響いたんだけど、それを響いたって言えなくて、拓郎はあんだかんだって否定した。
ほんとは、好きだったのに。
ま、当時は好きだったって分からなかったかもしれない。
うーーん、それが若さかな?(^^)
ちょっと違うけど、ちっちゃな子が、好きな子、いじめるってのに、似てるかもって、思います。
(変かなーあ)(苦笑)

そんでもって、もし、わだすみたいに、素直じゃない方。
しょうがないね。
ちょっぴり損しちゃうけど、それもしょうがない。
しっかり、へそまげて、あんだかんだ、ご自分が納得するまで言ってください。
そんで、充分に納得したら、もう一回、文句を言った文章に向き合ってください。
そしたら、ちがう風景が見えてくるかもしれない。
ってのが、わだすの願いだす。




本に関して [2015年05月09日(Sat)]
最近は、電子ブックなるものが生まれ、キンドルやらなんやらいくつかの種類があるようです。
この間、電車の中でそれを使って漫画を読んでいるサラリーマンを見かけました。
確かに、あの中に本が何百冊?(多分)も入るんだもん、便利さからいったらとっても便利なものなんでしょう。

だが、しかーーし、おじさんとしては、声を大にして言いたい。
本に便利さを求めて、どうするぅぅぅ。
新刊のにおい、ページをめくる時のあの感触、重さ、内容だけでなく、そんなもん全部を含めて、本って思うのです。

本の電子ブック化。
なんか、とっても今の時代を反映している気がするんです。
中身だけ。
便利さの追求。

買い物も変化し、対面販売からネットでの買い物。
僕自身、ネットでの買い物、さっきしたばかりで、お前、言ってることとやってること、違うじゃんんんのお言葉、ただただ、ごめんなさいませです。
だが、しかーーーし、人間とは矛盾した存在であるぅぅぅぅぅ。(^^)

ある子から、本を読むことになんか意味がありますがと、ついこの間質問されました。
私の答え、「なんもない。」、「意味なんか、なんもないけど、意味を見出すことがたまにあるから、面白い。」と答えました。
この答えって、今思うと、というか、文章にすると、ちょっと大人ぁぁぁの答え、って感じがします。(笑)
でも、言葉にすると、流れちゃうから不思議。

意味があるから、するとか、得になるからするって、なんかなーあって思う。
答えよりも、結果よりも、過程を大切にしたいって思うもんとしては、こう言いたい。
やってもやらなくてもいいことをやること。
一生懸命にやること。
それが、人生に味わいをもたせるんじゃないかなって。

本を読むこともそう。
電子ブックで読むのと、ハードカバーを読むこと。
きっと、意味が違ってくるかもしれないって思う。

とかいいながら、こうして、ネアンデルタール人は滅んでいったのかもとも思う。(**)




音楽のこと [2015年05月02日(Sat)]
いやーあ、久しぶりにいい曲を聞いちゃいましたぁぁー。
娘がツタヤから借りてきたCD、曲名は「ずっとスバイシーチョコレート」なんたら、ジャケットもいかにも今どきのモデルさんが使われていて、僕のようなおじさんが聞くことは想定されてない感じ。

でも、いい曲ばっかり、ラップもふんだんに盛られてたんだけど、その歌詞もとてもいい。
なんか、ラップとかの今どき若者音楽は、自由にやろーぜとか、今の社会はうぜーぜとか、なんか薄っぺら歌詞ばっかりのようだなって偏見を持っていたんだけど、いやーあ、このアルバムのは、正統派。
おじさんの心にもがっちり響きました。
んで、教訓。
って、でたぁぁぁ。
おじさんんんんん、すぐ説教かぁぁぁ。(^^)
食わず嫌いは、あかんちゅうこと。
体験すると分かることがある。
きっと、僕、若者から「ずっとスパイシーチョコレート」ってアルバム、すごくいいよって薦められても、聴かなかった気がする。
レンタルCDだから、もったいないからってんで、録音。
偶然、たまたま???。

んでもって、そのアルバムの中で一番よかった「ミス・マンデー」さんのアルバム、速攻でアマゾンから3枚購入。
たぶん、「ずっとスパイシー」も、歌詞がいいので、買っちゃうことになりそう。(^^)

CDを購入したのは、スペインの歌手「ルス・カサル」以来。
その「ルス・カサル」とのご縁も、もともとはレンタルDVDから。
レンタルDVDの映画を見て、その挿入歌に感動して、アルバムを購入。
そのサウンドトラックの中の一曲がまたまたよくて、それからメキシコの「アナ・ガブリエル」という歌手にたどり着く。
それからアメリカの「ヴィッキ・カー」につながり、その中の一曲をYouTubeで検索したら、すごくいい歌手に遭遇。
それが、「ルス・カサル」

そんな感じのやつ、実は本でもそうで、そんなつながりで、エッセイ集みたいなのを読んでいて、それが巡りめぐって、生命科学の本にたどり着く。

若者諸君、おじさんからアドバイス。
とにかく、なんでもいいから、体験してみよーよ。
音楽でも本でもゲームでも自然でも、なんでもいいから体験してみる。
んで、その体験の中から、なんか面白いもんがあったら、そこを探ってみる。
体験 右矢印1 体験 右矢印1 体験
そうすっと、きっといいもんと巡り合えるよ。

という訳で、長々と今年度のサポステ事業、「チャレンジ体験支援」の宣伝でしたぁぁぁぁぁ。
(笑)

失われていく言葉 [2015年04月24日(Fri)]
言葉って生き物で、時代とともに変遷していくようです。
新しい言葉が生まれてきたり、ある言葉は時代においていかれたりする。
そんな中、使われなくなって、僕がとっても残念に思うこと言葉のなかに、「浅ましい」っていう言葉があります。
「浅ましい」
最近、この言葉が使われることは、とーーーーっても少ないようです、
ましてや、テレビで聞かれなくなって久しいような気がします。
30年前に今の番組を放映したら、アナウンサー、関係者が「あさましい」、「あさましい」の連発になったに違いないと思います。

たとえば、スーパーでの安売りにわれ先に駆け込む人々。
「あさましいぃぃぃぃぃ」
食べ放題で、これでもかこれでもかと食べる人たち。
「あさましぃぃぃぃぃ」
詰め放題とかで、ぱんぱんに詰め込んだ袋を自慢げに見せる人たち。
「あさましぃぃぃぃぃ」

元来、日本人には、あさましいっていう感覚が如実にあって、そんな行動をする人たちを、あさましいことはするなって、注意したと思うんです。
自分ばっかりいいんじゃなくて、売る人も買う人も両方いい、っていう感覚。
消費は美徳なんて感覚、日本にはなかったのに、いつのまに消費は美徳から、お客様は神様なんて、へんな感覚が生まれて、使い捨て文化が生まれる。

マスコミの感覚がなにより洞爺湖。
洞爺湖???
摩周湖????
阿寒湖。
そうそう、あかん。
マスコミの対応があかん。

スーパーさんをちゃんと儲けさせなきゃ。
レストランさんにきちんとして商売をさせなきゃ。

ってわけで、わたくし、食べ放題のお店にはいきません。
って、実は年をとってきて、大食いからふつう食いなってきたというのは、別のお話ぃぃぃ。

あさましいこと、しない人たち。
きっと、いい人で、声が小さい人たちなんだよな。
そんな人が、増えるといいなーあ。




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