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栃尾ブログ
新潟県長岡市栃尾地域(旧栃尾市)は、中越地震の被災地です。
震災からの復興を契機にで地元の住民と都会の学生の間に「絆」ができました。
このプロジェクトは「絆」によって行われる地域活性化への挑戦です。
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栃尾の物語(4)〜ひまわりの種〜[2010年10月04日(Mon)]

二度目の春を迎えた被災地では、道路などの復旧も進んできた。

栃尾の仮設住宅でも自宅を再建できた人など、仮設住宅を離れる人が増えてきた。



そんななか、仮設住宅を訪れると、住民の方からこんな声が聞こえてきた。

仮設を離れる記念と残った人を励ますために、花を植えたいというのである。

「いいですね〜」と私が答えると、住民の方は

「まぁ また学生さんに会うための口実だけどね」と笑った。



こうして、06年5月、再び、IVUSAの学生が訪れ、無機質であった仮設住宅に沢山の花を植えた。

そのなかで、一番多く植えたのが、ひまわりの種であった。

このひまわりにはちょっとした物語がある。



平成7年阪神・淡路大震災が起きた。

瓦礫のまちになった「阪神」に「瓦礫のまちにひまわりを」を合言葉に沢山のひまわりが植えられた。

阪神大震災の仮設住宅などで育ったひまわりの種が、どういうわけだが、栃尾に届いていたのである。



この花を植える活動の頃になると、住民との絆はしっかりしたものになってきた。

仮設住宅の集会場で、連日連夜山菜をつまみながら、地元のお酒を飲み、

住民と学生は泣き、笑い、多くのことを語った。

仮設住宅の集会所でもっとも飲んだのは、栃尾の住民とIVUSAメンバーではないだろうか。



夏になるとひまわりは大輪の花を咲かせ、仮設住宅はにぎやかになった。

その大輪のひまわりの花をみながら、阪神大震災からのひまわりのバトンと次につなげたいと思った。

そこで、住民の方にIVUSAで世田谷の学校などにひまわりの種を寄贈したらどうか、と提案した。



すると、住民の方から、またも驚く返事がきたのである。

「地震では全国からお世話になった。そのお礼で直接渡したい」



そういったわけで、住民有志が直接上京し、ひまわりの種を贈呈することになった。

上京するための車中で、私は住民の方に、「標準語でしゃべってくださいね」とお願いをした。

住民の方は「おおごっつお」(たぶん、大変だという意味)と答えた。



そして、ひまわりの種は、世田谷の小学校などに寄贈され、小学校で課外授業も行ってきた。

ほとんど、上京することもなく、授業を行うことなんて考えられなかった住民の方は、

初めての経験を非常に喜んでいた。



もっとも、私が「いい冥土の土産ができましたね」と言ったら、

誰も笑っていなかったけど。・・・・・・・・・・(続く)
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