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栃尾ブログ
新潟県長岡市栃尾地域(旧栃尾市)は、中越地震の被災地です。
震災からの復興を契機にで地元の住民と都会の学生の間に「絆」ができました。
このプロジェクトは「絆」によって行われる地域活性化への挑戦です。
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異彩世代図鑑 (前半)[2010年07月13日(Tue)]
長岡のフリーペーパー 月刊myskipにIVUSAOGである渡辺泉さんが掲載されました。

そこで、ブログでもご紹介させていただきます。


渡辺泉 Izumi Watanabe 24才

中越地震がきっかけで新潟と縁が生まれた東京出身の若者、それが今回取材した渡辺泉さん。

彼女は震災翌年に小千谷を訪問、その後も栃尾地域を度々訪れるなど精力的にボランティア活動を展開。

現在は長岡地域復興支援センター「栃尾サテライト」の職員として働いている。

「新潟とは水が合う」と笑顔で語る24才の素顔に迫る。


 東京生まれ東京育ちの渡辺泉さんが新潟に強く関心を持つようになったのは、2004年の中越地震がきっかけだった。

当時高校3年生だった泉さんは、自分が連日テレビから流れる映像を通してしか被災者と向き合えないことに、もどかしさや違和感を覚えていた。

しかし「受験生ということもあり、被災地にすぐに行くことはできませんでした」
 
泉さんの思いが叶い新潟県を訪れることができたのは翌年の6月、大学に入学してから所属した「NPO法人国際ボランティア学生協会(IVUSA)」の一員としてだった。

「その時は小千谷市で、地震の影響で住んでいた家を離れることになった方の荷物整理をお手伝いしました」。

その後もIVUSAを通し栃尾の仮設住宅を何度も訪ねるなど新潟とは深い縁を結んだ。
 

災害救援の活動は中越地震だけにとどまらず、国内で何かあればできる限り駆けつけようと、積極的に動いた。

「2007年の秋田水害のときは現地の人たちから『来てくれてありがとう。今度は私たちが(他の災害で困った人たちを)助ける番だ』と言われました」。

その言葉を聞いたとき「自分たちの活動は小さいものかも知れないけれど、確実に次に繋がるものなんだ」と実感。

草の根的なボランティアの大切さを思った。

その活動はカンボジアの子どもたちのための地域の図書館建設や、スマトラ沖地震被災地での住宅復興など海外にまで広がる。

「私達の渡航にかかる費用を義援金として送ったらどうかという意見があることも知っています。

でも直接現地に行き、そこで暮らす人たちとふれ合って分かること、伝えられることがきっとあるし、そのなると信じています」 

(後半に続く・・・・)
この記事のURL
https://blog.canpan.info/ivusa-tochio/archive/368
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