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栃尾ブログ
新潟県長岡市栃尾地域(旧栃尾市)は、中越地震の被災地です。
震災からの復興を契機にで地元の住民と都会の学生の間に「絆」ができました。
このプロジェクトは「絆」によって行われる地域活性化への挑戦です。
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栃尾の物語(2)〜栃尾からインドへ〜[2009年04月02日(Thu)]
「同じ被災者として何かできることはないか」という仮設住宅住民の声には驚いた。
同じ被災者といっても、遠いインドの津波の被災地の話である。
本人たちはインドに行ったことすらもない。
なにより、彼ら自身生活の再建の目途がたっておらず、いまだに狭く、寒い仮設住宅暮らしなのである。

12月の除雪ボランティアで学生が東京に戻った後、早速彼らは活動を開始した。

仮設住宅の集会場に集まっては、インドの被災者のために、千羽鶴を折り、寄せ書きを書き、賽の神(お祭り)では、募金箱を設置し、住民がお金を出し合い、文房具を集めたのである。

そして2月になった。
再び、積もった豪雪のために、IVUSAの学生100名強が栃尾の仮設住宅を訪れた。

12月以上に雪は積もっていたが、住民たちに悲壮感はなかった。

「また学生に会いたかった」

「雪が消えないことを願ったよ(笑)」

という住民は、笑顔にあふれていた。



そして、夜の懇親会 100名以上の学生の前で、住民の人たちは、文房具に寄せ書き、千羽鶴を手渡した。
NHKをはじめ、各種マスコミが集まる中、彼らはどこか誇らしげだった。
中越地震によって仮設住宅に住む人間は多くいたが、仮設住宅に住みながら、海外や他の被災地の支援を行ったのは、彼らが初めてであったであろう。


こうして、栃尾の被災地からのプレゼントはIVUSAの学生によって、海を越えた。

長かった冬も終わりをつげ、被災地にも春が訪れた。
4月後半、インドの活動を終え、不自然な日焼けをした学生が再び栃尾を訪れた。
インドでの活動を報告しに訪れたのである。

住民を集め、感謝状の贈呈などを行ったあと、大きなスクリーンで映像を流した。

前半はこれまで行ったきた冬の栃尾での活動、そして、後半は、灼熱のインドであった。
そこには、栃尾の住民の送った「復興を祈る」という横断幕が掲げられており、住民が寄贈した文房具を持った子供たちの笑顔がそこにはあった。



その映像を見る住民の全員が泣いていた。

私も溢れる涙を抑えることはできなかった。(続く)

この記事のURL
https://blog.canpan.info/ivusa-tochio/archive/2
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コメント
とっても懐かしいですねー。

当時1年生だった私たちは、「1年生会議」というものを持って(居酒屋で笑)、栃尾とインドをつなぐために何ができるか考えましたねー^^
鶴や文房具、お手紙と、たくさんのダンボールを自分達の手で受け取った時の感動と今でも忘れられません◎
Posted by:makico  at 2009年04月24日(Fri) 01:04

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