第7回市民みんなが先生徒講座[2011年02月07日(Mon)]
今回の伊丹氏の講座は、まちプラ始まって以来講座受講者数として最高の入場者数を記録。39名の市民の方が講座を受講されました。
まちプラのフレキシブルな収容能力にこちらも驚く。
机を出して定員40名も可能だったのだ。
伊丹氏講座は文化財ボランティアの会・池田会長から、知られざる伊丹氏の事を治政300年間のポイントを押さえてお話頂く。
最後の当主といわれる伊丹親興は荒木村重により伊丹城より追放されるも、信長没後秀吉に仕え、秀吉没後は黒田長政に属し、1600年家康の上杉征伐に従ったのち、関ヶ原の戦いで討ち死。
ただ伊丹氏は優秀な家系だったのでしょう。伊丹氏の末裔の多くは黒田長政との縁で繁栄する。
また1529年の戦乱で、伊丹より駿河にのがれた伊丹氏の末裔は大村氏との養子縁組により大村において栄え、現代に至っても大村市と伊丹氏の縁つなぎをしてくれている。
いつの世でも大切なのは、「義に生き、正しき行いをする事」。
たとえ城が滅ぼうと、人と人の縁が次の活躍の場を与えてくれるのだ。
300年にわたり西国の要衝伊丹を治め、伊丹の基礎を築いた伊丹氏。
今日は多くの事を学ばせてもらった。
講座の最後は池田会長が独自製作の縦3連ハーモニカを駆使したハーモニカ演奏の大サービス。
素晴らしい講座と演奏ありがとうございました。
まちプラのフレキシブルな収容能力にこちらも驚く。
机を出して定員40名も可能だったのだ。
(写っていない後ろの壁までびっしりとご入場いただけました)
伊丹氏講座は文化財ボランティアの会・池田会長から、知られざる伊丹氏の事を治政300年間のポイントを押さえてお話頂く。
伊丹家甲冑
伊丹氏最後の当主といわれる、伊丹親興像
最後の当主といわれる伊丹親興は荒木村重により伊丹城より追放されるも、信長没後秀吉に仕え、秀吉没後は黒田長政に属し、1600年家康の上杉征伐に従ったのち、関ヶ原の戦いで討ち死。
ただ伊丹氏は優秀な家系だったのでしょう。伊丹氏の末裔の多くは黒田長政との縁で繁栄する。
また1529年の戦乱で、伊丹より駿河にのがれた伊丹氏の末裔は大村氏との養子縁組により大村において栄え、現代に至っても大村市と伊丹氏の縁つなぎをしてくれている。
いつの世でも大切なのは、「義に生き、正しき行いをする事」。
たとえ城が滅ぼうと、人と人の縁が次の活躍の場を与えてくれるのだ。
300年にわたり西国の要衝伊丹を治め、伊丹の基礎を築いた伊丹氏。
今日は多くの事を学ばせてもらった。
講座の最後は池田会長が独自製作の縦3連ハーモニカを駆使したハーモニカ演奏の大サービス。
素晴らしい講座と演奏ありがとうございました。
Posted by ぷら坊 at 17:24 | まちプラ講座・イベント | この記事のURL