
クリスマスと貧困[2015年12月14日(Mon)]
こんにちわ。ライフ仙台、流離(さすらい)の画家です。
本日は先週仙台市アーケードでクリスマスに向けて、恵まれない子ども達への街頭募金を行っていた事に対し綴っててみたいと思います。
元々、クリスマスのシンボルとなるイエス・キリストは馬小屋で生れる所から始まるなど、クリスマスは貧困の中でも生まれる幸せが示されています。
時は変わり今は2015年。地球は何でも世界的に右肩下がりです。
その中で一番困り、自分では何も出来ないまま寒さに震えているのは小さくされた子ども達。
普通、子ども達はクリスマスが近付くとニコニコ笑い、ご両親からのプレゼントを心待ちにしているはずなのです。
しかし、財政難に苦しむ家庭では「申し訳ないけど、今年もうちのクリスマスは無しね」という家庭も増えている事を牧師から聞きました。
私はその募金募っているのを見ると、どうしても遣る瀬無い気持ちになり少し多く募金してしまいました。そして、こうも思いました。
「本気で助ける気なら、根本から直していく事が子ども達の為になるのではないか、そして今回行っている『募金』という事柄も後先を全く考えずに≪継続した幸せ≫を与える事は出来ないのではないか」と。
これから子ども達への支援は政策とは別にして新たに立ち上げなければ日本は滅びると思った次第であります。
クリスマスをただのイベントとして捉えるのではなく、次世代を担う子ども達への『無償の愛』もクリスマスの意味の一つだと感じました。
クリスマスを祝うなら、隣にいる子ども達へ優しくするのも大切だと思いました。
本日は先週仙台市アーケードでクリスマスに向けて、恵まれない子ども達への街頭募金を行っていた事に対し綴っててみたいと思います。
元々、クリスマスのシンボルとなるイエス・キリストは馬小屋で生れる所から始まるなど、クリスマスは貧困の中でも生まれる幸せが示されています。
時は変わり今は2015年。地球は何でも世界的に右肩下がりです。
その中で一番困り、自分では何も出来ないまま寒さに震えているのは小さくされた子ども達。
普通、子ども達はクリスマスが近付くとニコニコ笑い、ご両親からのプレゼントを心待ちにしているはずなのです。
しかし、財政難に苦しむ家庭では「申し訳ないけど、今年もうちのクリスマスは無しね」という家庭も増えている事を牧師から聞きました。
私はその募金募っているのを見ると、どうしても遣る瀬無い気持ちになり少し多く募金してしまいました。そして、こうも思いました。
「本気で助ける気なら、根本から直していく事が子ども達の為になるのではないか、そして今回行っている『募金』という事柄も後先を全く考えずに≪継続した幸せ≫を与える事は出来ないのではないか」と。
これから子ども達への支援は政策とは別にして新たに立ち上げなければ日本は滅びると思った次第であります。
クリスマスをただのイベントとして捉えるのではなく、次世代を担う子ども達への『無償の愛』もクリスマスの意味の一つだと感じました。
クリスマスを祝うなら、隣にいる子ども達へ優しくするのも大切だと思いました。