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ぜひご覧ください[2012年12月28日(Fri)]
ぜひ、ご覧ください


今朝、パソコンを開くと1通のメールが。

以前より沖縄での活動でお世話になりご一緒させていただいている浜田哲二氏からのメールでした。

HPを開設したとのことで、早速拝見。

なんとも美しい写真の数々。もちろん沖縄での遺骨収集の様子もあります。

浜田氏は高知県出身、奥さまの律子さんは岡山県出身で私たちと同じく兵庫県(姫路市)にいたこともあるそうです。

青森の大自然と人の温かさが気に入って何度も通ううちに、ついには住みついたそうな。

青森の大自然のなかでゆっくりとした時間を満喫できるなんて、うらやましいかぎりです。

かわいい動物や大自然をプロのカメラマンである浜田氏が撮影した、写真ブログ「青い森の白い神の里から」

みなさまも一度ごらんください。

遺骨収集の記事も見どころですが、プロが撮影したかわいい動物たちのこころ癒される写真が満載ですよ。



日米開戦の日[2012年12月08日(Sat)]
日米開戦の日


きょう12月8日は太平洋戦争の開戦から71年になります。

そして今、戦争を体験した人が、いなくなる時が近づこうとしています。

開戦の日、戦争の日々を体験した人たちの声に耳を傾けてみてください。

平和な時代に生れたことに感謝し、日本の捨石となって戦い命を落とした方々、犠牲になられた方々に感謝しましょう。

多くの命を無駄に奪う戦争を再びするようなことがないように願うばかりです。



NHK戦争証言アーカイブス
最新情報

「戦争の記憶 〜寄せられた手記から〜」

新たに15人の方の戦争体験手記を公開しました。


戦争証言アーカイブスのホームページでは、お寄せいただいた手記を随時、公開しています。

空襲、飢餓、引き揚げ、抑留、そして家族の死・・・。
手記には、戦場での苛酷な体験や市民の生活・人生が戦争で翻弄される様子などが克明に記されています。

懸命に綴られた「戦争の記憶」をぜひ読んでみてください。


☆戦争証言アーカイブスのHPでは、
 特集「ふるさとの悲劇」を公開しています。


日中戦争、そして太平洋戦争。

「昭和の戦争」で命を落とした日本人は300万人以上に上りました。

その中には、地方の町や村で暮らし、戦争に巻き込まれた人も数多くいます。

街を焼き尽くした空襲。そして、日本固有の領土で唯一、住民を巻き込んだ地上戦が行われた沖縄。

戦争は、日本各地のふるさとを絶望の地に変えていったのです。

今回の特集では、戦時中、日本各地で起きた悲劇的な出来事について取材した番組や証言を集めました。

「昭和の戦争」は、私たちのふるさとに何をもたらしたのでしょうか。


戦争の記憶を、未来に伝えるために
NHK戦争証言アーカイブス
ラバウルの「宇奈月温泉」 名付け親は私かも、清田さん(魚津)[2012年12月05日(Wed)]
ラバウルの「宇奈月温泉」
名付け親は私かも、清田さん(魚津)


北日本新聞社の記事より


「名付け親は私かも」。パプアニューギニア・ラバウルにある「宇奈月温泉」について、太平洋戦争のさなかに現地に駐留していた清田一男さん(91)=魚津市村木町=が名乗り出た。70年前、同僚らと一緒に温泉を訪れた際、名前を考えていると言われ、提案した。

温泉の命名者について取り上げた本紙コラム「天地人」を読み、当時を思い出したという。

ラバウルにある宇奈月温泉は、温泉ライターの山崎まゆみさんが著書「ラバウル温泉遊撃隊」(2009年)の中で紹介。

ラバウルには戦時中、旧日本軍の基地があったことから当時、富山の宇奈月温泉を知る日本人が名付けた可能性がある。

「天地人」では、ことし7月8日と8月20日の2度、ラバウルの宇奈月温泉を取り上げ、名前の由来を探った。

清田さんは1942(昭和17)年5月下旬、旧海軍第25航空戦隊司令部の気象班員としてラバウルに赴任。

1カ月ほどたったころ、同僚から「近くに温泉があるらしい」と誘われ付いていくと、宇奈月の源泉がある黒薙(くろなぎ)温泉とよく似た露天風呂があった。

「入浴してみると黒薙みたいに温かくて気持ち良かった」と清田さんは振り返る。

その際、露天風呂の設営に関わったと思われる男性から「日本の有名な温泉の名前を付けたい」と言われ、全国的に知名度が高い宇奈月温泉を推薦し、どんな字を書くかメモに書いて渡したという。

清田さんは7カ月ほどラバウルで勤務したが、戦火が激しくなり、温泉を訪れたのは一度きり。

これまで人に話したことはなかったが、ラバウルの宇奈月温泉について本紙で読み、驚いたという。清田さんは「随分時間はたったが、今でもあの温泉が残っていると思うと懐かしい」と語った。

山崎さんは「信ぴょう性もあり良い話だ」と話した。

街の慰霊碑[2012年12月01日(Sat)]
街の慰霊碑


私が住む街、兵庫県相生市には戦没者慰霊碑があります。

かつての日清、日露、日中、大東亞戦ではこの街からも多くの若者が出征し、大切な命を落としました。

戦没者慰霊碑や忠魂碑はどこの街にもあると思いますが、今では何気なくあるといった感じで、人々はさほど関心がないかもしれません。

しかし、かつてこの国では大切な家族や友人や故郷を守るために、さらには我が国の行く末を案じて命を懸けて戦った人々がいました。

たとえそれが国家の命令によるものであっても、そういった思いや覚悟はたしかに存在し、そして多くの人々がその思いを遂げるために命を懸けたのです。

彼らにとっては私たち未来の日本人のためにと言う気持ちもあったでしょう。

当時の教育がそうであったと一言で言ってしまえば、たしかにそうかもしれませんが、現実として我々未来の日本人のためにこの国を国難から守ろうとしたことに違いはありません。

あなたの街にもきっと慰霊碑や忠魂碑があると思います。

普段、何気なく前を通り過ぎる慰霊碑や忠魂碑を一度ゆっくりと眺めていただき、偶然にも国難の時代に生れ、各々の思いは別にして、国家のために実際に命を落とさざるを得なかった方々の気持ちを考えていただきたいと思います。

偶然にも平和で裕福な時代に生まれて生きていることを感謝してほしいと思います。

自殺や虐待死などがどれほど愚かであることなのかを考えてほしいと思います。

そして平和な時代に生きれることに感謝してほしいと思います。


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相生市の戦没者慰霊碑



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兵庫県たつの市にある忠魂碑
ここ、たつの市からも多くの郷土部隊が国難により命を落とした


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