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硫黄島の遺品[2012年08月22日(Wed)]
硫黄島の遺品


先日、小笠原諸島の硫黄島(いおうとう)で戦没者遺骨収集をおこなっていた「硫黄島協会」の収集団が、ある遺品を発見しました。

その遺品とは、当時の指揮官であった栗林忠道中将が大本営に宛てた最後の電文(決別電文)を発信したとされる無線機です。

硫黄島は管政権当時に発足したチームにより、戦没者帰還事業がおこなわれています。

島全体が火山で、硫黄ガスがいたるところで噴出しており、作業は困難を極めます。

そしてそのガスの影響により、御遺骨も痛みが早いため、政府には急いで作業をおこなっていただきたいと思います。


当時、持久戦に備えて島の地下には総延長18KMにも及ぶ地下陣地が構築されており、すべての地下壕を捜索するのはなかなか困難なようだが・・・。


私たちも沖縄で活動中によく無線機の残骸を発見します。

真空管や電子部品が多く出てくるが、沖縄の場合、それらの多くは火炎放射器により原型をとどめていません。

私は、遺品は当時の人々が私たち未来の現代人に残したメッセージが込められていると考えています。

みなさんには彼らが守ろうとしたもの、それが何なのかをじっくり考えていただきたいと思います。


musenki.jpg

今回発見された無線機

67年目の終戦記念日[2012年08月15日(Wed)]
67年目の終戦記念日


今年も終戦記念日がやってきました。

言うまでもなく毎年この日は、戦没者を追悼し世界平和を誓う日です。

このブログの読者も靖国神社や地元の護国神社へ行かれた方も多いかと思います。

私は兵庫県在住ですので、地元兵庫県姫路市にある姫路護国神社へまいりました。

私の祖父は戦死せずにシベリアより生きて帰ってきましたので、私自身は遺族ではありませんので、今年は戦没者遺族に配慮し午前中には参拝せず午後から訪れました。

日本軍人はもちろん民間人や外国人の方々すべての戦争で命を落とさざる得なかった方に感謝し、今後も平和な日本であるようにとの思いを願ってまいりました。

また、神社内の会場では電子紙芝居や国防についての講演会などの催しが姫路護国神社崇敬奉賛会によって行われていました。


近頃、いじめや自殺が大変多く、命の尊さについての意識があまりにも低く感じられます。

幼いお子様がいらっしゃる親御さんには、是非ご家庭でも命の大切さや平和の尊さについて話し合う機会を持っていただきたいと思います。


gokoku 001.jpg

姫路護国神社

長崎原爆の日[2012年08月09日(Thu)]
長崎原爆の日


今日は長崎原爆の日です。
長崎市平和祈念公園では式典がおこなわれました。

原爆が投下された午前11時2分に合わせ、黙祷がおこなわれました。

長崎に初めて米国政府代表や、原爆計画を推し進めたトルーマン大統領の孫も出席しました。

長崎でも多くの方々がお亡くなりになり、現在でも多くの方が後遺症に苦しめられています。

また、被爆者もご高齢となり、広島も同様ですが政府は未だに原爆症の認定を受けられないでいる被爆者の方々に、1日でもはやく被爆者認定をしてあげていただきたいと思います。



ところで、1945年8月9日は長崎原爆の日ですが、もうひとつ日本人が忘れてはならない出来事が起きていたことを御存知ですか?

8月9日未明、突如として満州国、樺太、千島列島に当時のソビエト軍が攻め込んできたのです。

日本とソ連は1941年4月に日ソ中立条約中立条約を締結していました。

この条約の有効期限は1946年4月であったのでソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄する形となりました。

当時の日本はもはやソ連まで相手にして戦う余力は残ってはいませんでした。

こうして1週間後に敗戦を迎えた日本から、戦後賠償として南樺太、千島列島、北方四島を奪い取っていったのです。

このときにもやはり、多くの命が奪われてしまいました。

このことはあまりテレビでも放送したりしませんが(北海道では放送しているかも)、日本人が知らなくてはならない事実なのです。


わたしたちは微力ではありますが、こうした忘れられようとする事実もみなさまにお伝えできるように日々勉強し、発信できればと思います。



広島原爆の日[2012年08月06日(Mon)]
広島 原爆の日


今日は広島の原爆の日です。

いつも言うように、日本人が忘れてはならない日であるのは言うまでもありませんが、8月6日という日は世界人類が忘れてはいけない日でもあります。

世界初の核攻撃を受けたヒロシマは、爆風や熱線で壊滅しましたが、もっと恐ろしく現在まで生存者を苦しめているのは「放射能」でした。

今回は米英仏の代表がいずれも3年連続で出席し、原発事故の被災地からは福島県浪江町の馬場有(たもつ)町長が初めて参列しました。

今、福島第一原発事故で故郷を追われた方々の不安は、計り知れないものでしょう。

「福島」を「フクシマ」にしないためにも、東京電力と政府は全力で復興を目指す必要があります。

また、北朝鮮による核開発も即刻中止してもらいたいものです。

現在でも苦しみ続け、今でも当時のことを忘れることができないでいる広島の被爆者たちの声に世界の人々は耳を傾けていただきたいと思います。

原爆がもたらした、さらには戦争がもたらした惨劇がどれほどのものであるのかを。

過ちは二度とくりかえしてはいけません。




野田首相、広島平和祈念式典の挨拶


「67年前の今日、原子爆弾が広島を襲い、約14万人もの尊い命が一瞬にして奪われ、多くの市民の方々が筆舌に尽くしがたい苦痛を受けられました。

原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊(みたま)に対し、謹んで哀悼の誠を捧(ささ)げます。そして今なお原子爆弾の後遺症に苦しまれている方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

人類史に刻まれたこの悲劇を二度と繰り返してはなりません。

唯一の戦争被爆国として核兵器の惨禍を体験した我が国は、人類全体、地球の未来に対して、崇高な責任を負っています。

それは、この悲惨な体験の「記憶」を次の世代に伝承していくことです。

「核兵器のない世界」を目指して「行動」する情熱を、世界中に広めていくことです。

本日、私は、日本国政府を代表し、核兵器の廃絶と世界の恒久平和の実現に向けて、日本国憲法を遵守し、非核三原則を堅持していくことを、ここに改めてお誓いいたします。

67年の歳月を経て、被爆体験を肉声で語っていただける方々もかなりのお年となられています。

「記憶」を新たにする社会基盤として何よりも重要なのは、軍縮・不拡散教育です。その担い手は、公的部門だけではありません。

市民自らの取り組みが原動力となることを忘れてはなりません。

被爆体験を世界に伝える、世界49か所での「非核特使」の活動に、改めて感謝を申し上げます。

政府としては様々な形で後押ししてまいります。

「核兵器のない世界」の実現に向けて、国際社会も確かな歩みを進めています。

我が国は、志を同じくする国々とも連携しながら、核軍縮・不拡散分野での国際的な議論を主導し、「行動への情熱」を世界に広めてまいります。

再来年には広島で、我が国が主導する非核兵器国のグループである軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)の外相会合を開催いたします。

原子爆弾の後遺症により、現在も苦しんでいる方々に目を向けることも忘れてはなりません。

原爆症の認定を待っておられる方々を一日でも早く認定できるよう最善を尽くします。

これからも、より良い制度への改善を進め、総合的な援護策を進めてまいります。

東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所の事故から、一年以上が経過しました。

今なお不自由な生活を余儀なくされている方々が一日も早く普通の日常生活を取り戻せるよう、除染などの生活基盤の再建に全力を尽くします。また、脱原発依存の基本方針の下、中長期的に国民が安心できるエネルギー構成の確立を目指します。

結びに、原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、被爆された方々、ご遺族の皆様の今後のご多幸を心からお祈りするとともに、参列者並びに広島市民の皆様のご健勝を祈念申し上げ、私のあいさつといたします。」
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