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会報誌「国の宝」創刊[2011年07月29日(Fri)]
会報誌「国の宝」創刊


待望の会報誌の発刊にあたり、ご挨拶申し上げます。

本会の健全な運営は皆様のご協力、ご支援の賜物と感謝申し上げます。

さらに会報の創刊号を皆様に今回お届けできますことを大変嬉しく思っております。

今年6 月に設立し、微力ながら社会に貢献できることを嬉しく思うと同時に、より一層の社会的責任を果たし、本会の運営が更に活発なものになるよう、各関係機関との情報公開や伝達、親睦が一層うながされるよう努力をつくす所存でございます。

会報「国の宝」は、本会の会報誌として春夏秋の年3回の発行を予定しており、各関係機関からの連絡事項や活動紹介をはじめ、戦没者慰霊追悼に関するニュースや雑学なども取り入れた情報を紹介したいと思っております。

また、皆様からの戦争体験談をはじめ、命に関する投稿を受け付け、本会との相互の情報公開の場として参ります。

現代において自殺者の増加、児童虐待死の増加、毎日のように起こる殺人事件など、命に対する意識が薄れる中、購読して頂いた皆様に改めて命について考えて頂ければ幸いです。

戦後66年経ち、日米戦争すら知らない平成生まれの若い方をはじめ多くの方に、戦争の惨劇と命の尊さを風化させずに後世へ語り継ぐ材料としてご利用頂きたいと思っております。

発刊にあたり、関係者の皆様との結びの場として大きな役割を果たすものとなりますよう、長くお力添えを賜りたくお願い申し上げます。


戦没者慰霊の会ひょうご  役員一同

サイズ:B5

会員の方には、一年間郵送にて送付いたします。
ぜひ、ご入会いただき、ご購読ください。

詳しくはホームページをご覧ください。





「大東亜戦争と戦没者遺骨収集事業の現状と展望」勉強説明会[2011年07月17日(Sun)]
「大東亜戦争と戦没者遺骨収集事業の現状と展望」勉強説明会


平成23年7月17日、「大東亜戦争と戦没者遺骨収集事業の現状と展望」と題した勉強説明会を開催いたしました。

参加者はまず、戦争中に亡くなった日本兵が戦地に取り残され、そのご遺骨が未だ回収されずにあるという事実を知らなかったようで、遺骨収集活動に非常に関心を示していました。

そして、本来は私たちではなく国がやるべき仕事である、ということも考えもしなかったようでした。

とくに戦争があったのは知っているが、ご遺骨が帰っていないことに驚かれている様子でした。

また、これまで日本政府が行う遺骨収集が何故はかどらなかったのかについては、さまざまな国際間の問題も含め、一つずつわかりやすく講義いたしました。

遺骨収集の今後の展望などをいろいろと話しながらの勉強会で、いろんな意見が交わされ、わたしもいろいろと勉強させていただきました。

本年度から始まる政府主催の硫黄島での遺骨収集の話では、ぜひ参加してみたいとの意見も頂き、これからの遺骨収集活動に対しての期待も高まります。

実際に私たちが沖縄で行ってきた遺骨収集の様子の写真を見た参加者は、同じ日本での現状に驚いた様子でした。

遺骨収集を通して、少しでも命の大切さと日本が払ってきた犠牲を知って頂ければいいと思います。

本日、暑い中勉強会にご参加頂いた方、おつかれさまでした。
平成23年 大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭[2011年07月10日(Sun)]
平成23年 大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭


平成23年7月9日、毎年の夏の風物詩「みたままつり」の準備で、たくさんの提灯が飾られている東京都の靖国神社にて、(公財)大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会主催の「大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭」が執り行われました。







この日、東京は晴れ渡り、とても暑い中各関係者の皆様が多数ご出席されていました。

本会は、事前にご連絡頂き遠くは山形から起こしくださった女性(19)と一緒に参列させていただきました。

受付を済ませ待合室で待機中、主催者である(公財)大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会の専務理事 柚木様、若木様をはじめ、各関係者様に様々なお話を聞かせていただくことができました。

慰霊祭が国歌斉唱ではじまり、中程で世田谷コールエーデ合唱団のみなさまが日本のうた「故郷」を奉納されたその歌声を聴きながら、故郷を想いながら戦地に赴き帰ることが出来なかった英霊のお気持ちをふと考え、あらためて追悼と感謝の念を抱きました。

慰霊祭全般のお手伝いをなさっていた「JYMA」の学生の皆様を拝見し、ありがたい気持ちと同時に、わたしたち未来の日本人のために祖国に殉じられた彼らと同年代の若い方々のお気持ちを考えると、二度とそのようなことがないようにわたしたち日本人が恒久平和を誓い、その事実と命の尊さをいつまでも語り継いでいかなければならないと、痛感いたしました。

そして、ご参列なさっていた方々の平均年齢も非常に高くなってきており、わたしたちが率先してもっと若い方に関心を寄せて頂けるような活動をし、今後も永遠に戦没者慰霊活動を行っていかなければならない、とあらためて感じました。

今回、遠く山形からご一緒していただいた方、暑い中本当にご苦労さまでした。

またこの度の慰霊祭でお世話になったすべての方々、ありがとうございました。
この場をお借りして、お礼申し上げます。
平成22年 沖縄戦戦没者遺骨収集活動[2011年07月05日(Tue)]
平成22年 沖縄戦戦没者遺骨収集活動


平成22年7月2日〜4日 、沖縄県にて沖縄戦戦没者遺骨収集活動を行いました。

今回活動を行った場所は、西原町内にある4か所の壕です。

今回参加したのは9名で、遠くは東京都からも参加されました。

まず、壕がある場所を現地の方に車で案内していただきました。

車を墓地の駐車場に停め、山の中に入ります。

ところどころ急斜面を歩くと、アーチ状に並べられた石があります。

これは石を並べたのではなく、石を積んで簡単なトーチカを造った跡で、戦後の年月により土砂が蓄積され、一番上の部分しか見えていないのです。

その並んだ石の奥は険しい斜面になっており、その斜面に穴を掘り壕を造ったようですが、こちらも土砂が蓄積され、入口は完全に塞がってしまっています。

これら蓄積した土砂を当時の地表まで掘り下げ、ご遺骨を探し出す作業となります。

もちろん山の中ですので、すべて手作業で行います。




しばらく掘ると、入口が現れました。

さらに掘り進み中へ入ると、中も土砂が流れ込んでおり、再び手で掘り起こします。

石積のトーチカ付近も広い範囲で当時の地盤まで(約1メートル)掘り下げます。

すると日本軍が使用していたと思われる薬瓶や、日本軍の実弾、アメリカ軍の薬莢、古いコカコーラの瓶など、当時の戦闘の激しさを物語る遺品が多数出土しました。

周りにはアメリカ軍艦から打ち放たれた砲弾の破片や、不発弾も多数発見されました。




未使用の日本軍の実弾が発見された場所を中心にさらに探すと、ご遺骨が出てきました。おそらく、ここで激しい銃撃戦があり、撃たれた日本兵のご遺骨かと思われます。

未使用の実弾は倒れた日本兵のもので、コーラの瓶は戦闘が終わったあとにアメリカ兵が飲んだものかと思われます。

戦地によってはこのようにアメリカ兵が飲んだコーラの瓶が多数見つかることも珍しくないようです。

一通り作業をし、ほかには何も出なかったので場所を移動することにしました。

壕の内部ではない山の斜面は、掘った部分の穴は元通りに戻してから移動します。

遺骨収集はその繰り返しとなります。

場所によっては幹線道路から丸見えの場所に壕があり、山に一歩足を踏み入れると不発弾や爆弾の破片があり、枯れ葉をかき分けただけでご遺骨が発見されるところもあります。



アメリカ軍の不発砲弾


沖縄とはそういうところなのです。




壕内部での作業


壕には日本軍の軍靴の底、バックル、機関銃の銃座など様々なものがあります。

また場所によっては、アメリカ軍の火炎放射機によりすべて真っ黒に焼け焦げた遺品などもたくさんあります。

今回発見されたご遺骨は全身ではなく腕か脚の一部でしたが、自治体が手厚く埋葬することとなります。

今回発見したご遺骨のご冥福を心よりお祈りいたします。

また、今回ご一緒させていただいた方、炎天下の中お疲れさまでした。そして大変お世話になり、ありがとうございました。
この場をお借りして、お礼申し上げます。

会員の方には、勉強会で写真とともに詳しくご報告いたします。

※今回発見されたご遺骨の写真は、亡くなられたご本人とご遺族のお気持ちに配慮し掲載致しませんでした。
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