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街の慰霊碑[2012年12月01日(Sat)]
街の慰霊碑


私が住む街、兵庫県相生市には戦没者慰霊碑があります。

かつての日清、日露、日中、大東亞戦ではこの街からも多くの若者が出征し、大切な命を落としました。

戦没者慰霊碑や忠魂碑はどこの街にもあると思いますが、今では何気なくあるといった感じで、人々はさほど関心がないかもしれません。

しかし、かつてこの国では大切な家族や友人や故郷を守るために、さらには我が国の行く末を案じて命を懸けて戦った人々がいました。

たとえそれが国家の命令によるものであっても、そういった思いや覚悟はたしかに存在し、そして多くの人々がその思いを遂げるために命を懸けたのです。

彼らにとっては私たち未来の日本人のためにと言う気持ちもあったでしょう。

当時の教育がそうであったと一言で言ってしまえば、たしかにそうかもしれませんが、現実として我々未来の日本人のためにこの国を国難から守ろうとしたことに違いはありません。

あなたの街にもきっと慰霊碑や忠魂碑があると思います。

普段、何気なく前を通り過ぎる慰霊碑や忠魂碑を一度ゆっくりと眺めていただき、偶然にも国難の時代に生れ、各々の思いは別にして、国家のために実際に命を落とさざるを得なかった方々の気持ちを考えていただきたいと思います。

偶然にも平和で裕福な時代に生まれて生きていることを感謝してほしいと思います。

自殺や虐待死などがどれほど愚かであることなのかを考えてほしいと思います。

そして平和な時代に生きれることに感謝してほしいと思います。


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相生市の戦没者慰霊碑



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兵庫県たつの市にある忠魂碑
ここ、たつの市からも多くの郷土部隊が国難により命を落とした


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