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兄の水筒、故郷へ[2012年11月26日(Mon)]
兄の水筒、故郷へ


産経新聞の記事より


戦死から70年…兄の水筒、8 7歳妹の元へ「信じられない」


第二次世界大戦 の激戦地のひとつ 、東部ニューギニ ア(現パプアニュ ーギニア)で見つ かった水筒が、持ち主とみられる兵士の戦死から70年を経て今月、遺族の元に戻った。

水筒に刻まれた姓 を手掛かりに、戦友会関係者らの調査で持ち主が判明。劇的な“再会” に、遺族は「信じられない」と喜びをかみしめた。

水筒の持ち主は、昭和17年12 月にニューギニア・ブナで戦死した 、岐阜県出身で歩兵第229連隊第 3大隊の上等兵、纐纈(こうけつ) 啓一さん=当時(21)。

水筒は、昭和56年~平成17年 に現地で遺骨収集を行った南海支隊 の元兵士、西村幸吉さん(92)= 埼玉県=がブナで見つけた。
関係者 が日本に持ち帰り、泥やほこりを拭うと、水筒の2カ所に「交告」と刻まれているのを発見した。

同隊戦友遺族会の世話役、辻本喜彦さん(65)らが調べると、交告は纐纈の略字で岐阜県に多いと判明 。
同県遺族会に調査を依頼した結果 、県内の纐纈姓の戦死者143人のうち、ブナでの戦死者はほかに確認できず、水筒は啓一さんのものとみられる。

辻本さんが今月17日、岐阜県を訪れ、啓一さんの3つ違いの妹、小栗ぎんさん(87)=岐阜県瑞浪( みずなみ)市=に水筒を手渡した。
弾痕や穴が残るアルミ製の水筒を手にしたぎんさんは
「魚釣りが好きで 、優しかった兄さんを思い出しまし た」
と目を細めた。

辻本さんは「啓 一さんの国に帰りたいという強い気持ちが返還につながった」と話した 。



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辻本喜彦さん(右)から、戦死した 兄のものとみられる水筒を手渡され た小栗ぎんさんと長男の昭五さん =岐阜県可児市
(写真:産経新聞)
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https://blog.canpan.info/ireinokai/archive/85
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