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平成26年 沖縄戦戦没者遺骨収集活動 3[2014年03月20日(Thu)]
平成26年 沖縄戦戦没者遺骨収集活動 3


活動3日目。

この日は糸満市真栄里の陣地跡へ向かいます。

途中、「白梅の塔」横にある自然壕を見学し、ご一緒してくださる浜田さんご夫妻が「白梅学徒隊」について解説してくださりました。

「白梅学徒隊」とは、皆様ご存じの「ひめゆり学徒隊」と同じく女学生による看護隊ですが、「ひめゆり学徒隊」とは違って一般にはなじみがない方も多いかと思います。

「ひめゆり学徒隊」は何度も映画にもドラマにもなりましたが、ではなぜ「白梅学徒隊」の知名度は一般に低いのでしょうか?

それは、「ひめゆり学徒隊」の学生たちは師範学校出身でしたが、「白梅学徒隊」などその他(積徳女学校など、看護隊として学徒動員した学生部隊は数多くあります)の学生たちはみな同じ働きをしたにも関わらず、普通の女学生たちということだけで戦後の扱いまでもが師範学校出身者である「ひめゆり学徒隊」出身者とは違ったのです。

戦後は「ひめゆり学徒隊」と違い大きく報道されることも少なく、慰霊碑建立の際も一般や法人から思うように寄付が集まらず、関係者が出し合って慰霊碑を建立したとのことです。

過去には沖縄戦で犠牲になられた女子看護隊全体の慰霊碑建立や慰霊祭の計画もあったようですが、「ひめゆり学徒隊」関係者が「師範学校出身者を一般の女学生や沖縄以外から来た女学生と同じ扱いにすることは遺憾である」として、この計画はお流れになってしまったという話もあるようです。

政府の命令によりみな同じように過酷な任務を遂行したにもかかわらず、そういった身分の違いを現在もなお引きずり、さらには差別化を図ろうとする人々も多く存在しているのです。

非常に残念なことではありますが、戦争を知らない私たちには到底理解できないことがあるのかもしれません・・・。


2014okinawa 125.JPG

白梅の塔」。この横に「白梅学徒隊」が任務を遂行した病院壕がある。
米軍の馬乗り攻撃により多くの尊い命が犠牲となった。


2014okinawa 104.JPG



2014okinawa 108.JPG

浜田さんに当時の状況などの説明をしていただいた。
中に入ると拝所があり、全員で戦没者に感謝と哀悼を祈った。



2014okinawa 120.JPG

中は広い。ここも内部が焼かれて黒こげの状態だ。



このあと私たちは糸満市真栄里へ場所を移し活動をおこないました。

この場所は摩文仁の陸軍司令部に近く、沖縄戦末期に大激戦が繰り広げられた場所です。

私たちが向かった場所は小高い山の頂上付近で、頂上からは360度見渡すことができる場所です。

すべてが見渡せる場所ということは、米軍もこの場所を陥落することが必須であることは言うまでもありません。

しかしそのことが意味することは、日本軍の激しい抵抗に合うということです。


2014okinawa 146.JPG

海側の山の中腹にある陣地跡。
艦砲の標的となったのは言うまでもない。


もちろん海に近いので、軍艦からの艦砲射撃も容易であり、私たちが活動したこの場所では艦砲射撃をもろに受けたであろうバラバラになった御遺骨が多数発見されました。

2014okinawa 171.JPG

小雨が降る中、黙々と掘り続けるメンバー。



2014okinawa 179.JPG


数日前、この場所では浜田さんが顔面の御遺骨を発見しました。

この御遺骨は顔部分だけが上を向いた状態で地表に出ていたと言います。

戦後69年もの間、誰からも忘れられ放置されていたその姿を見たときは、本当に申し訳なく思い、胸が熱くなりました。


2014okinawa 013.JPG

69年間もの間、何を思って空を見つめていたのか・・・


このあと次々に残骨(破片)が発見され、初めて参加したメンバーも骨の見分け方がだいぶ判ってくるようになりました。


この日が活動最終日ということもあり、この後、摩文仁の平和祈念公園内にある「戦没者遺骨収集情報センター」へ移動し、慰霊祭をおこないました。


2014okinawa 191.JPG

全員で御遺骨を並べていく。



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今回発見した御遺骨



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一人ずつ線香を手向ける



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通りすがりの観光客も手を合わせてくれた


今回も無事に事故なく終了できました。

お世話になった国吉勇さんをはじめ、浜田さんご夫妻、西谷さん、又吉さん、そして何より一生懸命取り組んでいただいたメンバーのみなさんに心より感謝いたします。
本当にありがとうございました。
そして、本当にお疲れさまでした。

このブログをご覧の皆様にお願いです。
ここに記したことは、現在の沖縄での現実です。
このことを一人でも多くの方々に知っていただくために、このブログを知人の方に教えて差し上げてください。
また、お世話になっている浜田さんご夫妻のブログにも、詳しく紹介されておりますのでそちらのほうも是非ごらんください。



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