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平成25年 沖縄戦戦没者遺骨収集活動 4[2013年02月13日(Wed)]
平成25年 沖縄戦戦没者遺骨収集活動 4


活動4日目。

この日は朝から那覇市の国吉勇氏のご自宅にある「国吉戦争資料館」へ見学に行き、その後遺骨収集へ向かいます。

74歳の国吉氏は60年もの間1人でご遺骨を掘り続けており、沖縄での遺骨収集の第一人者で、ご本人も沖縄戦でご家族を亡くされています。

国吉氏は沖縄戦で亡くなられた方すべての犠牲者を軍民関係なく捜索し続けており、本会の主旨にも深くご理解いただき、いつもご協力いただいております。

こちらの資料館では、長い年月をかけ国吉氏が発掘された遺留品を15万点以上展示しており、日本最多の展示数を誇っているそうです。

国吉氏は発掘し持ち主が特定できないものはすべて出土した日付、場所、品名などを明確に記録しています。

2013 okinawa 110.jpg

以前、国吉氏とともに病院壕で発見した珍しい薬
場所や日付などが書かれている


2013 okinawa 111.jpg

まだ洗浄途中の今回発見したもの


2013 okinawa 117.jpg


2013 okinawa 118.jpg


2013 okinawa 121.jpg


2013 okinawa 106.jpg

ノコギリで切断された腕の骨
病院壕でのもの


鉄でできた物や傷みやすい物は、腐敗や浸食がそれ以上進まないようにきれいに洗浄し錆止めなどの加工を施し、出来る限り発掘した当時のまま保管することを心がけています。

国吉氏は資料館をどなたにでも公開し、通常の資料館では禁止されている写真撮影や手にとって触ることもできるようにされています。

しかし残念なことに、たまに一部の不届き者が展示物を持ち去ってしまうとか・・・。

ここでは国吉氏ご本人が詳しく解説してくれるので、とてもわかりやすい資料館になっています。

2013 okinawa 104.jpg

国吉氏の説明をうけるメンバーたち


2013 okinawa 107.jpg

見学する女性メンバー


2013 okinawa 108.jpg

自由に撮影するメンバー


「国吉戦争資料館」の見学で詳しい説明を聞き終えた後、前日の続きを調査するために移動します。

説明を受けて現物を見ることで、出土したものが何なのかがわかりやすくなります。


現場に着き、前日と同じく女性陣はお一人を除き再び正木氏とともに調査します。

最年少の女性はと言うと、どうしても前日と同じ場所を一人で調査したいとのことで、タコ壺の続きを調査していただきます。

相変わらず作業は思うように進みません。

そこへ1時間ほど一人で散策に行っていた国吉氏が帰ってきて、新たな大きな壕を発見したと言っています。

さらに、その壕は土が柔らかくて作業がしやすいらしく、国吉氏と浜田氏が活動最終日である私たちに気を使ってくださり、
「タコ壺は後日時間をかけてするので、やりやすいほうへ行こう」
と言って下さり、そちらへ向かうことにしました。

私たちは泣く泣くタコ壺をあきらめ、移動しました。

ところが国吉氏についてジャングルを進むと、かなりの急勾配の崖になります。

スコップやツルハシ、それに弁当などのたくさんの荷物を担いで降りるには、かなり大変です。

浜田氏と私は
「さっきほんとに、国吉さん一人でこんなところ行ったの?」
などと口から出るほど険しい道です。

国吉勇74歳、恐るべしスーパーおじいちゃん!!

てな感じでジャングルを20分ほど歩くと、その壕はありました。

入口は2つありますが、1つは岩で塞がっており、入ることができません。

2013 okinawa 131.jpg

壕の片方の入口
岩があり、入れない


5メートルほど離れた場所にもう一つ入口がありますが、かなりの勾配で、入口も狭い。

国吉氏は食事を取らず中へ行くと言って、一人で壕の中へと消えて行きましたが、我々はまず昼食にします。

2013 okinawa 130.jpg

昼食もとらずに壕に入っていく国吉氏


私が知り合ったころの国吉氏は、昼食こそ取らなかったのだが、必ず500mlのスポーツドリンクを持って壕に入っていました。

しかし最近は、飲み物も全く持たずに来て、朝から夕方までろくに休憩もせずに掘り続けます。

ご高齢ということもあり、少し心配です。


2013 okinawa 132.jpg

つかの間の休憩


2013 okinawa 134.jpg

過酷な活動のあいまの昼食に、笑顔もこぼれる


昼食が終わり、まずは私が中に入り、少し入口を広げてから順番に入って行くことにします。

入口はかなり狭く、匍匐前進で入ります。

中はかなり広い人工壕で、焼かれた形跡は全くありません。

まずは内部を調査します。

2013 okinawa 136.jpg

入口すぐからの内部
15メートル程で突き当り、左に曲がる


2013 okinawa 137.jpg

さらにその奥を20メートル進むと突き当りに


この壕は入ると約15メートルで突き当りになり、広く部屋のようになっています。

そこからは左にしか曲がれず、左に行くと幅3メートルほどの通路でその先約15メートル程で突き当ります。

そこからは左右に幅1.5メートル程の通路があり、左へ行けば表の岩で閉ざされたもう一つの出口へと繋がっています。

右に行くと約15メートルで突き当り、そこは水場となっていました。

2013 okinawa 138.jpg


2013 okinawa 142.jpg

一番奥の水場
壁も池もご覧の通り、人工的に四角く掘られている


2013 okinawa 143.jpg

一番奥には水場があり、澄んだ水がたまっていた
水の中には一匹のカニが・・・


私たちが昼食を取っている間から掘り始めている国吉氏は、すでに御遺骨を出していました。

遺留品は電球やソケット。ここには照明があったようです。

早速みんなで掘り始めます。

土質は「クチャ」と呼ばれる硬めの泥で、掘るのは簡単ですが靴底や道具には粘土質の泥がからみつきます。

掘っていくとメンバーがご遺骨をいくつかお迎えします。

私の場所は水場が近い場所なので、水ガメや瓶ばかりがでてきます。

2013 okinawa 141.jpg

水ガメや瓶のかけら


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2013 okinawa 160.jpg

泥まみれ汗まみれになり作業するメンバー


ここの地盤は50センチ程ででてきます。

崩れ方も壁のみで、天井はほとんど崩れていませんでした。

その後も広範囲を掘っていきましたが、小さなご遺骨とわずかな遺留品が出ただけで、身元が確認できるような物も出ず、残念ですが時間となり終了としました。

2013 okinawa 162.jpg

出る時も当然這って出ます


このあと再びジャングルを20分かけて車の場所まで戻り、今回お迎えしたご遺骨を並べて慰霊祭をおこないます。

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