孤高のメス
[2010年06月21日(Mon)]

あまりにも臨場感溢れる手術現場と、真に迫るリアルな臓器が見る者を圧倒する。三流の設備しかない弱小病院の手術室という雰囲気が良く出ていた。また、術中のスタッフの動きは少しぎこちなさも感じられたが、それは敢えて演出したと思わせるような出来だった。なによりもすごいのは、リアリティを出すために医学用語や医療器械の呼び名を、医療現場で使うのとまったく同じように使用し、説明が一切なかったことだ。このお陰で、緊張感が一層高まり、その場所に実際に居るかのようなテンポと雰囲気を味わえた。
そして、一番驚いたのは、その作られた臓器の出来具合と描写がすごいことである。高校生から摘出した肝臓は美しいと形容するに相応しい形と色であり、肝硬変を起こした肝臓はどす黒くごつごつした、まさに病的な肝臓である。医療関係者なら、まったく本物だと思えたことだろう。生体肝移植した肝臓が、一時止めた門脈を再開した際に血液が流れ出し、徐々にその色がピンク色に染まって行くさまは、感動を覚える。こんなにもリアリティを追及した医療映画も珍しい。
勿論、ストーリーも実にいい。ある映画批評を見ると、筋書きが単純で詰まらないだの、恋愛的な要素も入ったほうが良かったという意見もあった。私は、そういうのは余計なものであり、あくまでも人間ドラマとしてのストーリーに拘ってシンプルにしたのが良かったと思う。しかも恋愛的な要素もあったではないか。あの手術室のヒロインナースは、堤真一演じる当麻医師に淡い恋心を抱いている。あれぐらいのほうが、却って映画の後味を良くするものだ。
今の医療業界を見ていると、主人公の当麻医師のようなドクターには、なかなかお目にかかれないだろうなと思う。自分の身がどうなろうとも、あくまでも患者さんの命を優先して、向かって行く姿には感動さえ覚える。孤高のメスという題名は、よく出来ている。世の中の医師がすべて、当麻医師のようにあってほしいと思う。口では、患者中心の医療をと言いながら、ドクターの殆どは自分中心であり、病院や医薬品会社中心の医療が横行している。あの孤高のメスという題名は、今の医療の現状があまりにも酷いということを作者が訴えているのだ。当麻医師のような善良な医師が、孤高にならないような医療界にしていかなければならない。



