保育所設置の緩和措置
[2009年11月10日(Tue)]
都市部においては、保育所に入りたくても入れない、いわゆる待機児童がとても多いとのこと。田舎のほうだと定員の空きがあるのだが、都市部に人口や若者が集中しているという理由から待機児童が多い。さらにはこの不景気によって共働きが増えて、益々保育所への入所希望が増えているという。
大都会に不足している保育所を増やすために、設置基準を緩和するとの声明をついに政府が出した。児童1人当たりの面積基準を緩和して、狭い面積の保育所も設置できるようにするという苦肉の策らしい。確かに土地の高い大都会ならではの緊急避難的政策として、歓迎する向きも多い。しかし、本当にそれでいいのだろうか。何のための基準なのかということを、もう一度熟慮してからでも遅くないだろうと考える。
そもそも、この面積基準が出来たのは、児童の健全保育のためには、1人当たりの最低限の面積がこれだけ必要だということで決められた筈だ。その基準が決められた背景には、パーソナルスペースという考え方がある。人間が生きるためには、ある程度の空間が必要で、その空間に他人が入りこむと、無意識の中で他人を排除したがるという考え方が重要だ。ある程度の空間があり安心すると、逆に他人と繋がろうとする意識が芽生える。つまり、乳幼児期においても、ある程度の空間を確保しないと、他人とつながろうとしなくなる怖れがあるのだ。
だから、単純に面積の緩和だからいいのではないかというのは、とても危険な考え方だといえる。乳幼児時期という健全な精神が芽生える大事な時期だからこそ、空間を確保してあげないと、やがてとんでもないことになると考えられるのだ。そもそも、大都会に暮らしている人々も、空間的に逼迫している状況を鑑みると、やはり同じように精神的に圧迫されて生活しているように思える。やはり、子育ても生活するにも、空間確保ができる田舎がいいのだという結論になる。
大都会に不足している保育所を増やすために、設置基準を緩和するとの声明をついに政府が出した。児童1人当たりの面積基準を緩和して、狭い面積の保育所も設置できるようにするという苦肉の策らしい。確かに土地の高い大都会ならではの緊急避難的政策として、歓迎する向きも多い。しかし、本当にそれでいいのだろうか。何のための基準なのかということを、もう一度熟慮してからでも遅くないだろうと考える。
そもそも、この面積基準が出来たのは、児童の健全保育のためには、1人当たりの最低限の面積がこれだけ必要だということで決められた筈だ。その基準が決められた背景には、パーソナルスペースという考え方がある。人間が生きるためには、ある程度の空間が必要で、その空間に他人が入りこむと、無意識の中で他人を排除したがるという考え方が重要だ。ある程度の空間があり安心すると、逆に他人と繋がろうとする意識が芽生える。つまり、乳幼児期においても、ある程度の空間を確保しないと、他人とつながろうとしなくなる怖れがあるのだ。
だから、単純に面積の緩和だからいいのではないかというのは、とても危険な考え方だといえる。乳幼児時期という健全な精神が芽生える大事な時期だからこそ、空間を確保してあげないと、やがてとんでもないことになると考えられるのだ。そもそも、大都会に暮らしている人々も、空間的に逼迫している状況を鑑みると、やはり同じように精神的に圧迫されて生活しているように思える。やはり、子育ても生活するにも、空間確保ができる田舎がいいのだという結論になる。



