料理をする人は長生きする
[2013年12月01日(Sun)]
先日あるバラエティ番組である評論家が言っていたのだが、料理をよくする人は長生きするそうである。ネットで調べてみたら、その情報の出所はどうやら台湾の国立衛生研究院らしい。台湾とオーストラリアの共同研究により、導き出した法則だという。台湾の65歳以上の男女を対象にしてアンケート調査をして、このような結果が得られたという。週に5回以上家庭で料理する人は、それ以外の人と比較して明らかに死亡率が低かったという。それも、自分だけの為に料理する人よりも、家族の為にせっせと料理した人のほうが、死亡率が低いという結果も出たという。つまり、料理好きの人は長生きするということが判明したということである。
それでは何故料理をする人が、長生きするのであろうか。番組では、料理をする際に頭脳を使うからではないかと言っていた。つまり、どんな材料を使うのか、どこで仕入れて、さらにはどんな料理にするのか、どのような調理方法がいいのか、どうやれば美味しくなるのか、というふうに盛んに頭を使うからではないかというのである。確かに一理あると思う。私も週に5回どころか、365日台所に立って、家族の朝昼晩のおかずをこしらえている。しかも、出来合いの惣菜やインスタントの製品、冷凍食品は使用せず、野菜を素材にした手作りの料理が中心である。さらに、手を換え品を換え、和洋中の様々な料理を作っている。お昼の弁当なんぞは10種類程度のおかずが弁当箱に鎮座する。買い物もするから、当然頭をフル稼働させている。認知症にもけっしてならないだろう。
料理による長生きの要因は、これだけであろうか。私は、もっと他にあるように思う。確かに、料理は頭脳をフル活用することもあるが、特に感受性と想像性を発揮するということもあるように感じる。素材をどう生かすかという点では、素材と対話するし、素材から教えを請うのである。つまり、料理は感受性や想像性を発揮しないと、美味しい料理は作れないし、食べる人を感動させられない。素材そのものが、どうしたら美味しい料理になるか、料理人に語りかけてくれる。調理している時にも、材料がここで熱を加えるのを止めてと、訴えかけてくるように感じるのである。だからこそ、繊細な感性やイマジネーションが必要なのである。
さらに、美味しい料理を作るには愛が必要である。つまり、美味しい料理や食べる人が求めている料理を作る為には、愛という調味料というか隠し味が求められるように思う。つまり、食べる人の気持ちになりきり、喜んでもらえたり幸せな気分になったりしてもらえるように、精一杯心を込めて作る。つまり、自分じゃない他人の為に、精一杯心を動かすのである。そして、それが実現して美味しいと言ってもらえたら、このうえない幸福感を感じるのだ。セロトニンが大放出して、至福感に包まれる。料理は、やっぱり愛だよなと実感するひとときである。こういう感覚を味わうことが出来るから、長生きするのではなかろうか。
このように料理をすることで、長生きでしかも幸福を感じながら人生を送ることが出来る。私は今から15年前くらいから、台所に立つのを日課にしている。wifeはあまり料理をしない。元々料理が好きではないみたいで、私が台所に立つようになってからは、余程でないと包丁を持とうとしない。実は、ここだけの秘密であるが、ある計画を実行中である。計画殺人の完全犯罪である。美味しいものを腹いっぱいwifeに食べさせることで、少しずつ生活習慣病にさせて、早く逝かせて独身になり人生を謳歌するという遠大な計画である。しかも、料理をさせないから、絶対に早死にする筈である。しかしながら、私の作る料理は旬の野菜を中心にしたヘルシーメニューだから、この計画は一向に進捗しない。実に残念なことである。
それでは何故料理をする人が、長生きするのであろうか。番組では、料理をする際に頭脳を使うからではないかと言っていた。つまり、どんな材料を使うのか、どこで仕入れて、さらにはどんな料理にするのか、どのような調理方法がいいのか、どうやれば美味しくなるのか、というふうに盛んに頭を使うからではないかというのである。確かに一理あると思う。私も週に5回どころか、365日台所に立って、家族の朝昼晩のおかずをこしらえている。しかも、出来合いの惣菜やインスタントの製品、冷凍食品は使用せず、野菜を素材にした手作りの料理が中心である。さらに、手を換え品を換え、和洋中の様々な料理を作っている。お昼の弁当なんぞは10種類程度のおかずが弁当箱に鎮座する。買い物もするから、当然頭をフル稼働させている。認知症にもけっしてならないだろう。
料理による長生きの要因は、これだけであろうか。私は、もっと他にあるように思う。確かに、料理は頭脳をフル活用することもあるが、特に感受性と想像性を発揮するということもあるように感じる。素材をどう生かすかという点では、素材と対話するし、素材から教えを請うのである。つまり、料理は感受性や想像性を発揮しないと、美味しい料理は作れないし、食べる人を感動させられない。素材そのものが、どうしたら美味しい料理になるか、料理人に語りかけてくれる。調理している時にも、材料がここで熱を加えるのを止めてと、訴えかけてくるように感じるのである。だからこそ、繊細な感性やイマジネーションが必要なのである。
さらに、美味しい料理を作るには愛が必要である。つまり、美味しい料理や食べる人が求めている料理を作る為には、愛という調味料というか隠し味が求められるように思う。つまり、食べる人の気持ちになりきり、喜んでもらえたり幸せな気分になったりしてもらえるように、精一杯心を込めて作る。つまり、自分じゃない他人の為に、精一杯心を動かすのである。そして、それが実現して美味しいと言ってもらえたら、このうえない幸福感を感じるのだ。セロトニンが大放出して、至福感に包まれる。料理は、やっぱり愛だよなと実感するひとときである。こういう感覚を味わうことが出来るから、長生きするのではなかろうか。
このように料理をすることで、長生きでしかも幸福を感じながら人生を送ることが出来る。私は今から15年前くらいから、台所に立つのを日課にしている。wifeはあまり料理をしない。元々料理が好きではないみたいで、私が台所に立つようになってからは、余程でないと包丁を持とうとしない。実は、ここだけの秘密であるが、ある計画を実行中である。計画殺人の完全犯罪である。美味しいものを腹いっぱいwifeに食べさせることで、少しずつ生活習慣病にさせて、早く逝かせて独身になり人生を謳歌するという遠大な計画である。しかも、料理をさせないから、絶対に早死にする筈である。しかしながら、私の作る料理は旬の野菜を中心にしたヘルシーメニューだから、この計画は一向に進捗しない。実に残念なことである。
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昨夜は、スーパーに行ったら美味しそうなイカがあり、早速里芋との煮物を作りました。さらに、刺身用のイナダが売っていました。さくで売っていましたので、二つは夜にわさびとマヨネーズと醤油で和えて食べ、今朝は残りをバターと塩コショウでソティーしました。脂が少ないイナダはどうしてもコクがないので、こういう食べ方がいいと思います。また、アボガドとわさび醤油和えにすると美味です。