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医療か殺人か?「終の信託」 [2012年10月27日(Sat)]
 安楽死をテーマにした話題の映画が本日封切られた。『医療か殺人か!』というセンセーショナルな言葉の通り、私たちに終末期医療の課題を提起してくれる佳作である。リビング・ウィルと呼ばれる尊厳死は、一歩間違うと医療行為が殺人罪に問われかねない。何度か、尊厳死が殺人罪として起訴されている。日本の裁判は、判例主義なので過去の判例に基づいて判決がされる。時代は変化しているし人々の意識も変わっているのに、相変わらず法曹界は流れに取り残されているように感じる。

 この映画で解ったのであるが、検事の取調べ手法というのは、実に恐ろしい。同じ周防監督の過去の問題作に「それでも僕はやっていない」という名作映画があり、冤罪の起きる恐怖を描いていたが、犯罪の取調べはこんなふうにされているかと思うと、とても恐い気がする。いつの間にか、犯罪者として仕立てられてしまうのである。裁判というのは偽善の世界であるから、本音を言ったら負けだと誰かが言っていたが、検事が本音を引き出して犯罪として立件する様子を映像化したこの映画は、その危険性を見事に描いている。

 医師と検察官はそれぞれの世界のエリートであり、ライバル意識もあるせいか、元々仲がよろしくない。ましてや、検察官というのは、立件できるかどうかや有罪に出来るかどうかが、自分の立身出世に関わるのだから、無理やりにでも犯罪者として扱う傾向が強い。冤罪事件が起きるのは、検察の人事システムにおける欠陥が影響していると言えるかもしれない。検事という人種は、人間としての正義ではなくて、あくまでも法的な正義しか頭にないようである。勿論『法』というものの性格はそういうものかもしれないが、そもそも法とは善良な人間を幸福にする目的で作られた筈なのに、実際は善良な人間を不幸のどん底に叩き込むこともあるのだ。

 同じようにそもそも医療というのも、人間を幸福にする為にある。終末期医療と尊厳死もまた、患者本人の幸福を実現するためにあるように思う。しかし、法的な制限があって医師は勇気を持って尊厳死を実行することが出来ずに、患者さんを病気の苦しみから救うことが許されない場合が多いようである。医療従事者も法律家も、もっと人間の幸福について考えてほしいものである。周防監督は、この映画でこのことを訴えたかったような気がする。医療と法は誰の為にあるのだろうかと。
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