リアリティと大河ドラマ
[2012年06月18日(Mon)]
大河ドラマの平清盛は、若者にも人気のある松山ケンイチや武井咲などの俳優を起用した割には、視聴率が低迷しているという。平清盛そのものが人気のないせいもあるが、画面が暗いとか汚いとかいう反応が多く寄せられ、人気が出ないみたいである。当の番組ディレクターは、徹底的にリアリティにこだわったからあの画面になったのだと、あたかも自分を正当化しているような発言をしている。民放だったら大変なことになったと思うが、天下のNHKさんは、そんなのおかまいなしで相変わらず暗くて汚い画面でリアリティを追い求めている。
一方、韓国の歴史TVドラマを見てみると、鮮やかな色彩と衣装による華やかな画面と、現実にはあり得ないような台詞とストーリーの脚本ながら、絶大な人気を博している。平清盛のドラマと対象をなしているが、世の中のおじさんおばさんたちは、韓国の歴史ドラマに釘付けになっているようだ。視聴率が高いから良いドラマだという単純な結論にはならないが、所詮TVなんて人気商売。見てもらわなければ、人を感動させるなんて出来ないし、何かを学んだり気付いたりしてもらえない。芸術家は大衆に迎合したくないらしいが、TVは大衆に支持されてなんぼのもんだと思われる。
人間というのは不思議な生き物である。ドラマや映画において、リアリティを追求したくなる気持ちもありながら、どっかで夢や希望を追い求めていて、あり得ないようなバーチャルリアリティを楽しんでいるものだ。SF映画やサスペンスホラー、または超人的な活躍をするヒーローものに多くの人々が惹かれる。歴史ものであっても、泥臭くて人間臭い主人公よりも、格好良くて好かれるキャラクターのほうが人気が高い。おそらく、人間というのは、自分には到底叶わないと思えるようなヒーローを通して、自らの夢を実現させているのかもしれない。
つまり、視聴者はドラマに何を期待しているのかというと、徹底したリアリティよりも、自分では為しえないことや現実に抱えている問題を解決してしまうような主人公に、自分自身を投影しているのではないだろうか。ひと昔前の日本のドラマや映画は、押しなべてこういう勧善懲悪の単純なものだった。それが、いつの間にか変にリアリティを追求したり、難解なストーリーをもてあそんだりした為に、実に詰まらないエンターテインメントに成り下がってしまったのではないだろうか。作り手の自己満足のような作品が多くなった気がする。
そもそも、映画やドラマは誰のものか、誰の為に作られるのかと言えば、作り手ではなくて視聴者のものだというのは当たり前なことである。だから、常に観るものの視点に立って創られなければならない。映画やTVで、ある程度のリアリティは必要である。しかし、そのリアリティにこだわり過ぎると、実に詰まらない映像になる。黒澤明はリアリティにこだわったが、あくまでも観る者が感じるリアリティであり、真実とは違っていたように思う。観る者がリアリティを感じるような視点からの映像創りに取り組んで、黒澤は成功したのだと思う。だからこそ、観る者が圧倒的な迫力を感じて、感動したのであろう。来年の大河ドラマ「八重の桜」は、視聴者が望むような映像で創られることを期待したい。
一方、韓国の歴史TVドラマを見てみると、鮮やかな色彩と衣装による華やかな画面と、現実にはあり得ないような台詞とストーリーの脚本ながら、絶大な人気を博している。平清盛のドラマと対象をなしているが、世の中のおじさんおばさんたちは、韓国の歴史ドラマに釘付けになっているようだ。視聴率が高いから良いドラマだという単純な結論にはならないが、所詮TVなんて人気商売。見てもらわなければ、人を感動させるなんて出来ないし、何かを学んだり気付いたりしてもらえない。芸術家は大衆に迎合したくないらしいが、TVは大衆に支持されてなんぼのもんだと思われる。
人間というのは不思議な生き物である。ドラマや映画において、リアリティを追求したくなる気持ちもありながら、どっかで夢や希望を追い求めていて、あり得ないようなバーチャルリアリティを楽しんでいるものだ。SF映画やサスペンスホラー、または超人的な活躍をするヒーローものに多くの人々が惹かれる。歴史ものであっても、泥臭くて人間臭い主人公よりも、格好良くて好かれるキャラクターのほうが人気が高い。おそらく、人間というのは、自分には到底叶わないと思えるようなヒーローを通して、自らの夢を実現させているのかもしれない。
つまり、視聴者はドラマに何を期待しているのかというと、徹底したリアリティよりも、自分では為しえないことや現実に抱えている問題を解決してしまうような主人公に、自分自身を投影しているのではないだろうか。ひと昔前の日本のドラマや映画は、押しなべてこういう勧善懲悪の単純なものだった。それが、いつの間にか変にリアリティを追求したり、難解なストーリーをもてあそんだりした為に、実に詰まらないエンターテインメントに成り下がってしまったのではないだろうか。作り手の自己満足のような作品が多くなった気がする。
そもそも、映画やドラマは誰のものか、誰の為に作られるのかと言えば、作り手ではなくて視聴者のものだというのは当たり前なことである。だから、常に観るものの視点に立って創られなければならない。映画やTVで、ある程度のリアリティは必要である。しかし、そのリアリティにこだわり過ぎると、実に詰まらない映像になる。黒澤明はリアリティにこだわったが、あくまでも観る者が感じるリアリティであり、真実とは違っていたように思う。観る者がリアリティを感じるような視点からの映像創りに取り組んで、黒澤は成功したのだと思う。だからこそ、観る者が圧倒的な迫力を感じて、感動したのであろう。来年の大河ドラマ「八重の桜」は、視聴者が望むような映像で創られることを期待したい。
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