ニヒリズムを乗り超える
[2012年05月25日(Fri)]
「神は死んだ」という言葉を言ったのはニーチェである。ニヒリズムを言い表した言葉としてあまりにも有名である。このニヒリズムという言葉は、虚無主義と日本語に訳されているが、我々凡人にはいまいち理解しにくい言葉であり、何となく使用しているものの、その本質に迫るほど深い理解を示す人はあまりいない。しかし、今の日本人がニヒリズムに陥っているのは間違いないようである。政治や行政に期待や信頼も出来ないし、日本の経済にも期待できず、何をやっても上手く行かないのではという諦めの感覚に多くの人が支配されてしまっている気がする。
それじゃ、ニヒリズムを一言で言い表すとしたら、どのような表現がぴったりするだろうか。それは、簡単に言うと『自分の中に信じられる自己がまったくない』ということである。つまり、自分自身を信頼できないし、他人も世間もまったく信頼できないということである。だから、神も仏も信じられないという状況に陥ることであり、くだんの「神が死んだ」という言葉が生まれたのであろう。私たち日本人はおしなべてニヒリズムに陥っているような気がする。
こんなニヒリズムが横行している現代社会では、誰も努力する気も起きないだろうし、世の中を変えようなんて気にもならないのは当然である。若者は政治から遠ざかり、目の前の楽しいことにだけに没頭するのである。政治や仕事や国の行く末なんてどうでもいいことで、自分にとって今大切なことは、アプリやゲーム、音楽やアーティストのことである。株や為替の変動よりも、AKB48の人気投票の結果が心配なのだ。嘆かわしいが、ニヒリズムというのは、こういうことなのである。
自分の中に信頼出来る自己がない人間は、何か新たなことにチャレンジすることも出来ないし、他人を信頼することも出来ないから、他人と関係性を持つことが出来なくなる。つまり、正常な結婚や恋愛も出来なくなるのである。勿論、自分の分身である子どもを作ることも出来ない。少子化の一つの原因は、ニヒリズムだと言ってもいいだろう。ニヒリズムが究極になると、自分の命を断つことさえしかねないから恐ろしい。こんなニヒリズムの人間だらけの世の中になると、政治も経済も立ち行かなくなるし、社会は崩壊に向かう。今の日本は、ニヒリズムの人間が急増しているから危険信号が点っていると言える。
それじゃ、ニヒリズムに一度陥った人間は、二度と自分を信頼することが出来ないのだろうか。自分の中に、信頼出来る自己を確立するということが不可能になってしまい、ニヒリズムを克服できないのであろうか。いや、そうとは言い切れない。ニヒリズムを乗り越えることは可能だし、実際に克服してきた人も存在する。自分次第で、ニヒリズムを超克できるのである。その方法は、実に簡単である。自分の損得や利害を忘れて、人々の幸福実現の為に生きるのだ。人の為世の為にせっせと働くことである。そうすれば、ニヒリズムから脱却できるのだ。
人は、誰からか頼りにされ求められ、感謝されることで生きている喜びを感じるものである。自分の物質的な豊かさや欲望を満たしたとしても、そんな幸福感はあっという間に冷めてしまうものだ。ましてや、そういう欲望は次第に肥大化してしまい、留まることを知らないから永遠に満たされることがない。でも、他人から感謝される幸福感は、ずっと続く。そして、他人から自分が愛され肯定されることで、大きな自己肯定感が醸成される。そして、信頼出来る自己を確立できるのだ。つまり、価値観の変革が必要なのである。そうすればニヒリズムは克服できて、死んだ神は生き還るに違いない。
それじゃ、ニヒリズムを一言で言い表すとしたら、どのような表現がぴったりするだろうか。それは、簡単に言うと『自分の中に信じられる自己がまったくない』ということである。つまり、自分自身を信頼できないし、他人も世間もまったく信頼できないということである。だから、神も仏も信じられないという状況に陥ることであり、くだんの「神が死んだ」という言葉が生まれたのであろう。私たち日本人はおしなべてニヒリズムに陥っているような気がする。
こんなニヒリズムが横行している現代社会では、誰も努力する気も起きないだろうし、世の中を変えようなんて気にもならないのは当然である。若者は政治から遠ざかり、目の前の楽しいことにだけに没頭するのである。政治や仕事や国の行く末なんてどうでもいいことで、自分にとって今大切なことは、アプリやゲーム、音楽やアーティストのことである。株や為替の変動よりも、AKB48の人気投票の結果が心配なのだ。嘆かわしいが、ニヒリズムというのは、こういうことなのである。
自分の中に信頼出来る自己がない人間は、何か新たなことにチャレンジすることも出来ないし、他人を信頼することも出来ないから、他人と関係性を持つことが出来なくなる。つまり、正常な結婚や恋愛も出来なくなるのである。勿論、自分の分身である子どもを作ることも出来ない。少子化の一つの原因は、ニヒリズムだと言ってもいいだろう。ニヒリズムが究極になると、自分の命を断つことさえしかねないから恐ろしい。こんなニヒリズムの人間だらけの世の中になると、政治も経済も立ち行かなくなるし、社会は崩壊に向かう。今の日本は、ニヒリズムの人間が急増しているから危険信号が点っていると言える。
それじゃ、ニヒリズムに一度陥った人間は、二度と自分を信頼することが出来ないのだろうか。自分の中に、信頼出来る自己を確立するということが不可能になってしまい、ニヒリズムを克服できないのであろうか。いや、そうとは言い切れない。ニヒリズムを乗り越えることは可能だし、実際に克服してきた人も存在する。自分次第で、ニヒリズムを超克できるのである。その方法は、実に簡単である。自分の損得や利害を忘れて、人々の幸福実現の為に生きるのだ。人の為世の為にせっせと働くことである。そうすれば、ニヒリズムから脱却できるのだ。
人は、誰からか頼りにされ求められ、感謝されることで生きている喜びを感じるものである。自分の物質的な豊かさや欲望を満たしたとしても、そんな幸福感はあっという間に冷めてしまうものだ。ましてや、そういう欲望は次第に肥大化してしまい、留まることを知らないから永遠に満たされることがない。でも、他人から感謝される幸福感は、ずっと続く。そして、他人から自分が愛され肯定されることで、大きな自己肯定感が醸成される。そして、信頼出来る自己を確立できるのだ。つまり、価値観の変革が必要なのである。そうすればニヒリズムは克服できて、死んだ神は生き還るに違いない。
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コメントありがとうございます。五年も悩み苦しみ続けたんですね。そして、到達した結論が素晴らしいです。まったく同感です。悩んで悩んで悩みぬいて、そしてようやくご自分の生き方を発見した方は、ほんとの意味で強いですし、しなやかな心を持つと思います。今の日本人は、そんな苦しみを経ずに生きているから、薄っぺらで魅力がないのではないかと思っています。何かのCMで、野末陳平氏が「悩んで大きくなった」というセリフを言ってましたが、まさにそうですね。これから、益々のご活躍をされるでしょうし、多くの苦しむ若者を導いてあげてください。ご期待申し上げます。ありがとうございました。