• もっと見る

<< 2026年02月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
季節はずれの山菜採り [2010年06月08日(Tue)]
 日に日に山の緑は色濃さを増している。里山の山菜採りシーズンは終わりを告げている。まだ、ワラビやネマガリタケの竹の子などは採れるが、殆どの山菜は伸びきっていて食べれない。山菜が採れるのは、せいぜい2週間から3週間である。楽しかった山菜採りは、また来年の5月までお預けになる。今年の山菜は、天候不順で寒かったせいか、出るのも遅かったし、いつもの年よりは不作だったような気がする。

 しかし、山奥に行けば、まだまだ山菜が採れる。勿論、多かった残雪が最近消えたような処だから、相当に山奥まで行かなければならない。約2時間くらい歩いて登っていくようなところだから、熊さんの巣のような場所である。阿武隈川の源流とも言えるような奥深いところに、毎年山菜採りに訪れる。先日、行ったら山菜の最盛期で、エラ(アイコ=ミヤマイラクサ)、シドキ、ウド、ヨブスマソウなどが面白いように採れた。

 けれども、命がけの山菜採りである。熊が山菜を食べた跡や足跡があるし、唸り声を聞くこともある。道がない沢登りと沢下りであるから、滑落の危険もある。行きは良い良い帰りは怖いで、行くときは軽いリュックだが、帰りはこでっしりと詰まった山菜で肩が重くなり、沢を下るときにバランスを崩して転んでしまう。川を何度も渡るので滑って、川にはまることもしばしば。そんな思いまで行かなくてもと人は言うが、それでも行きたい。

 エラというのは、山菜の王様と呼ばれている。そのエラはなかなか採れないし、乱獲がたたり最近は細いエラしか採れない。ところが、実に太いエラがここでは採れるのである。そして、太いシドキがいくらでも採れる。山菜採りファンには堪らないところである。山菜のシロと呼ばれる自分だけの山菜採りの場所は、誰も教えたがらない。何度も行っている私でさえ迷うところだから、教えようもないような奥深い山である。一度は、迷ってしまい、方向を間違えたこともある。

 そんなに危険なことをするのはどうなのかと、よくお叱りを受けている。自分の社会的な立場を考えると、もし事故があったときの責任をどう取るのだと言われる。また、自分の夢が実現することが出来なくなるのだから、自重すべきだという意見も頂く。しかし、私はこのような山菜採りもまたひとつの禊(みそぎ)だと思っている。自分が、社会から必要とされているのであれば、けっして事故に遭わないし、これからの活動に支障を来たすことはないのだと。もし、事故に遭い一命を亡くすようなことがあれば、自分の使命はその程度だったのだと諦めたい。

 人間は、いつ死ぬのか誰も解らない。家を一歩出たら車に跳ねられることもある。家の中に居て、ダンプが突っ込んでくるかもしれないのだ。だから、いつも危険と隣り合わせなのである。危険から逃げていたら、人生を謳歌するなんてできない。少しぐらいの危険を跳ね返すくらいの運がなければ、社会貢献なんて出来ないと思っている。天や神を味方に出来なければ、だいそれたことなんて出来やしないのだ。山に入るというのは、死ぬ覚悟がいる。そんな覚悟がなければ、奥山に入り山菜採りなんか出来ない。季節はずれの山菜採りで、そんな身勝手な思いをしながら、楽しんできた。
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
コメント
プロフィール

Naturalさんの画像
リンク集
https://blog.canpan.info/inakagurasi/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/inakagurasi/index2_0.xml