四国巡礼をした首相
[2010年06月04日(Fri)]
菅直人氏が民主党の代表になり、日本の首相になった。今までの首相とは、少しキャラクターが違うように感じる。元々、市民活動家の市川房江さんの支援者だったという顔を持つ菅首相は、どちらかというと庶民派の宰相というイメージがある。これほど、政治とカネで騒がれたのだから、組閣するときもカネの匂いがする閣僚を選んでほしくないものである。政治家というのは、本来清貧であるべきだと思う。少なくても、そんなイメージに近い菅首相に期待する国民は多いことだろう。
ところで、菅首相はO−157のカイワレ大根事件薬害エイズ事件、年金未加入問題など話題性に事欠かない政治家である。そういう多くのエピソードの中で、私が一番注目しているのは、四国巡礼のお遍路さんをしたという件である。四国八十八箇所全部を巡礼したのではないだろうが、年金未加入事件をきっかけに民主党代表を辞めた際に経験した時を含めて、都合5度四国巡礼をしたという。あの坊主頭の白装束姿で、自分を見つめ直したいと四国巡礼しているニュースが流れたのは、センセーショナルだった。おそらく歴代首相の中で、四国巡礼をしたというのは、今まで菅首相の他にはいなかったのではないかと思われる。ということは、日本で最初のお遍路さんをした首相ということになる。
ところで、最近の若者たちの間でも四国巡礼が流行しているという。生きることに疲れたり、精神的に参ったりした若者たちが、自分探しをしたいと四国巡礼の旅に出ることが多いという。そして、中にはこの巡礼で自分を取り戻す若者もいるらしい。勿論、団塊の人々もまた四国のお遍路さんに憧れる。老いも若きも、皆四国巡礼を目指すというのは、それだけ自分を見失っている人が多いという証拠かもしれない。それもそうだろう、これだけ生きづらい世の中なのである。自分の生きる意味や生きる目的を見失ったり、自分が何者であるかを見出せないで苦しんでいたりするのも、当然と言えば当然であろう。
政治とカネの問題を起こしたり、国民から信頼を失っている政治家たちもまた自分を見失っていると言えるかもしれない。権力闘争に明け暮れる政治家や、利権を求めて跋扈する魑魅魍魎のような政治家もまた同様である。是非とも、四国巡礼の旅に出ることを勧めたいものだ。政治家というものが、本来すべきことを見失っているというのは、つまりは本来の自分自身を見失っているということと同じことと言える。すべての政治家たちが、お遍路さんになって自分探しの旅を経験すれば、政治も少しはまともになるのではないだろうか。
菅首相も、これから時間を作って、何度も四国巡礼の旅に出てほしいものだ。そして、謙虚さを失わずに、初心を忘れず国民目線に立った政治を志してほしい。宗教的な行動をするのは、政教分離の観点から好ましくないなどということは言ってほしくない。一国の首相だからこそ、1人で四国巡礼のお遍路さんをして、時々孤独になり思惟してほしいのだ。国民の為に今何をすべきなのかを。いや、違う。お遍路とは、二人同行というように、お大師(空海)さんといつも一緒なのだ。つまり、自分ひとりだけではなく、自分という内なる宇宙では、宇宙意思と一緒なのだということである。菅首相には、お遍路さんの気持ちを失わない為政者であってほしいと強く願う。
ところで、菅首相はO−157のカイワレ大根事件薬害エイズ事件、年金未加入問題など話題性に事欠かない政治家である。そういう多くのエピソードの中で、私が一番注目しているのは、四国巡礼のお遍路さんをしたという件である。四国八十八箇所全部を巡礼したのではないだろうが、年金未加入事件をきっかけに民主党代表を辞めた際に経験した時を含めて、都合5度四国巡礼をしたという。あの坊主頭の白装束姿で、自分を見つめ直したいと四国巡礼しているニュースが流れたのは、センセーショナルだった。おそらく歴代首相の中で、四国巡礼をしたというのは、今まで菅首相の他にはいなかったのではないかと思われる。ということは、日本で最初のお遍路さんをした首相ということになる。
ところで、最近の若者たちの間でも四国巡礼が流行しているという。生きることに疲れたり、精神的に参ったりした若者たちが、自分探しをしたいと四国巡礼の旅に出ることが多いという。そして、中にはこの巡礼で自分を取り戻す若者もいるらしい。勿論、団塊の人々もまた四国のお遍路さんに憧れる。老いも若きも、皆四国巡礼を目指すというのは、それだけ自分を見失っている人が多いという証拠かもしれない。それもそうだろう、これだけ生きづらい世の中なのである。自分の生きる意味や生きる目的を見失ったり、自分が何者であるかを見出せないで苦しんでいたりするのも、当然と言えば当然であろう。
政治とカネの問題を起こしたり、国民から信頼を失っている政治家たちもまた自分を見失っていると言えるかもしれない。権力闘争に明け暮れる政治家や、利権を求めて跋扈する魑魅魍魎のような政治家もまた同様である。是非とも、四国巡礼の旅に出ることを勧めたいものだ。政治家というものが、本来すべきことを見失っているというのは、つまりは本来の自分自身を見失っているということと同じことと言える。すべての政治家たちが、お遍路さんになって自分探しの旅を経験すれば、政治も少しはまともになるのではないだろうか。
菅首相も、これから時間を作って、何度も四国巡礼の旅に出てほしいものだ。そして、謙虚さを失わずに、初心を忘れず国民目線に立った政治を志してほしい。宗教的な行動をするのは、政教分離の観点から好ましくないなどということは言ってほしくない。一国の首相だからこそ、1人で四国巡礼のお遍路さんをして、時々孤独になり思惟してほしいのだ。国民の為に今何をすべきなのかを。いや、違う。お遍路とは、二人同行というように、お大師(空海)さんといつも一緒なのだ。つまり、自分ひとりだけではなく、自分という内なる宇宙では、宇宙意思と一緒なのだということである。菅首相には、お遍路さんの気持ちを失わない為政者であってほしいと強く願う。




不勉強でした。そうでしたか、池田勇人首相もね…
ネットで検索しても出てなかったので書いて
しまいました。お詫びします。
パフォーマンスだの人気取りだのと批判されていますが、
七日間お遍路さんをしたということと、何度も
経験しているということだけでも、素晴らしいと思います。
自分で経験してから言ってほしいですね。