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卯の花と時鳥(ホトトギス) [2010年05月26日(Wed)]
 卯の花の匂う垣根に 時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて 忍び音もらす 夏は来ぬ♪ご存知のとおり、『夏は来ぬ』という童謡の歌詞である。日本の叙情を歌った童謡は多いが、この夏は来ぬという唄もまた、私たちに初夏の情景を思い出させてくれる懐かしい唱歌である。こういう情景は、もう都会で見られなくなっているし、ましてや時鳥の鳴き声がどういうものかも忘れるほど、聞く機会に恵まれないと思われる。寂しい限りである。

 本日、安全巡回パトロールを実施していたところ、卯の花が既に咲いているのを見つけた。まだ蕾のものが多かったが、間もなく満開になり、鮮やかな白い花びらが私たちの目を楽しませてくれることだろう。そう言えば、先日会社の裏山で時鳥が鳴いていた。確実に夏はやってきているということを実感する。卯の花と時鳥は、初夏の訪れを告げる風物詩として、和歌などに詠まれているらしい。万葉集にも卯の花の歌が24首あり、その大半に時鳥が詠まれているという。昔の人たちは、季節感を実によく感じて和歌にしたためたものだと思う。

 卯の花というのは、別名空木(うつぎ)とも言う。枝を折ってみると解るのだが、中空のようになっていて、芯の部分は発泡スチロールのようなもので埋められている。だから、空木という名が付けられたのだと思う。中央アルプスに、空木岳という名峰があるが、この山には空木が多く自生している。この空木と言う木、西日本と東日本で、まったくその評価が分かれる。西日本では、この木はとても好かれていて、庭木にする家庭が多いが、東日本では嫌われていて、庭木にする家庭は少ないのだ。

 何故かと言うと、こういう理由らしいのだ。空木は軽い木であるから、三途の川を渡り黄泉の国へ行く際、杖にするようにと棺おけの中にこの空木を杖にして入れる風習が、東日本の田舎にはあったのである。であるから、間もなくお迎えを受け入れるご年配の方たちは、この空木を極端に嫌うのである。ある時小さい孫たちが、おじいちゃんやおばあちゃんに、きれいな花があったよと空木の花の枝を持ち帰ったらしい。誉められるかと思いきや、烈火のごとく怒り出したという。おらたちをそんなに棺おけに入れたいのか、お母さんがそんふうに教えたのかと、鬼のような顔をして孫たちを追い回したらしい。そういうことから、東日本では今でも空木を嫌うのだという逸話が残っている。

 一方、時鳥は実に特徴的な鳴き声で親しまれている。ご存知のように、「テッペンカケタカ」と恰も言っているように鳴くのだ。ウソだと思うなら一度聞いてみてほしい。本当に、そのように言っているとしか思えない。昔の人は、想像力が豊かだったんだろうと思う。こういう鳴き声だというから、私たちはそう聞こえるが、まったく知らない人は、こんな言葉は思いもつかない。私の裏山にも間もなく、この時鳥が鳴き始めるに違いない。毎年、必ずこの時期になると、「テッペンカケタカ」と早朝から鳴いて、目覚めさせてくれる。

 万葉集の中には、卯の花と時鳥を両方詠んだ歌が多いと前述したが、大伴家持のこんな歌があるらしい。卯の花も、いまだ咲かねば、霍公鳥(ほととぎす)、佐保(さほ)の山辺(やまへ)に、来鳴(きな)き響(とよ)もす という歌である。卯の花はまだ咲かないのに、時鳥はもう既に鳴いている、という情景を詠んだ歌らしい。昔は、こういう和歌が出来る豊かな自然がいたるところに残っていたのである。今の都会には、このような自然はもはやない。卯の花の咲き誇る情景を目にする為に、そして時鳥の鳴き声を日常的に聞きほれるためにも、是非とも田舎暮らしをお勧めしたい。
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