CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2019年11月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
白隠と仙酷W(佐川美術館) [2019年11月30日(Sat)]
IMG_0233m.jpg
 先月初めから、佐川美術館で「白隠と仙酷W」が開催されていましたが、終了間近(12/1まで)の昨日出かけてきました。こちらの美術館を訪れるのは初めてです。1998年3月に、設立母体の佐川急便(株)の創業40周年事業の一環として、琵琶湖を望む近江・守山の地に開設されました(水庭に浮かぶように建てられた3棟の建物からなる)。
IMG_0232m.jpg

 白隠と仙高ヘ江戸時代に活躍した臨済宗の禅僧で、その教えを分かりやすく伝えようとして描いた書画が数多く残されています。今回の展示では入れ替え分も含め白隠の書画は81点。
 これまでも、白隠禅師250年遠諱記念で開催された「禅ー心を形ー」展(京都国立博物館)や龍雲寺(東京・世田谷区)で開催された企画展とトーク講座(「白隠さんと出会う」)で白隠の書画を見る機会がありましたが、今回の展示で初めて見る作品も多くあり出かけた甲斐がありました。

 白隠禅師は江戸中期(1685〜1768)の禅僧で、禅宗の世界では「五百年間出」(500年に一人の傑物)と称えられ、臨済宗中興の祖と呼ばれています。以前にも書いていますが、祖先の一人木田種重(鉄屋庄左衛門 寂堂萬翁元照居士)が白隠禅師を信奉し、その漢文語録『荊叢毒蘂』の刊行に資金援助したり、大仙寺(大阪市中央区)にある石碑の銘文(木田院碑)を白隠に書いてもらったことを知って以来、白隠禅師の事績に関心を持っています。

 白隠禅師関連の記事は以下のURL に載せています。
・自費出版本『木田家のルーツを尋ねるー石碑の銘文に導かれてー』 
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1060
・「禅ー心をかたちに」(京都国立博物館)
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1103
・「白隠さんと出会う」(龍雲寺、東京・世田谷区)
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1178
・白隠禅師の書(軸を入手)
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1194
・白隠禅師シンポジウム(東京・大手町)
 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1208
Posted by katakago at 16:59
木々の黄葉 [2019年11月29日(Fri)]
 先日(24日)の尺八定期演奏会で、今年の大きな行事も終わりホッとしています。
 ただし、2年後には都之雨社100周年の記念演奏会があり、それにも参加できるように日々の練習は続けたいと思っています。

 裏山ではイチョウが、畑ではヤマナシの葉が黄葉しています。
 イチョウ(苗木を植えて14年ほどになります)
IMG_0356m.jpg

 ヤマナシ(実生から育てて10年近く)
IMG_0358m.jpg

 もう一本は実は残っていますが葉は散ってしまいました。
IMG_0357m.jpg

 万葉歌では、ナシは3首詠まれていますが、うち2首は。ナシが「無し」に通ずるので「妻梨の木」と掛けて詠まれています。
【歌】 もみち葉の にほひは繁し 然れども 妻梨の木を 手折りかざさむ (巻十・2188)
【口語訳】 黄葉の色は実にさまざまだ。しかし私は妻無しの梨の木を折って髪挿しにしよう。
【歌】 露霜の 寒き夕の 秋風に もみちにけりも 妻梨の木は (巻十・2189)
【口語訳】 露の置くこの寒い夕の秋風に黄葉したらしい。妻無しという梨の木は。
(口語訳は、いずれも岩波文庫『万葉集』より)
 『新編日本古典文学全集 萬葉集』の解説には、「作者は独身か。わざとひがんでいるように戯れて詠んだものか」とあります。

 今週初め、所用で訪れた満願寺境内ではイロハモミジの鮮やかな紅葉が見られました。
IMG_0225m.jpg
Posted by katakago at 20:25
写真「焼き場に立つ少年」とフランシスコ教皇 [2019年11月28日(Thu)]
 先日(24日)、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇が長崎市の爆心地公園を訪れた際、「焼き場に立つ少年」のパネルが掲げられていました。

 昨年、世界遺産登録された潜伏キリシタン関連遺産のある五島列島を訪れた際、その写真と裏面にフランシスコ教皇の署名入りのメッセージが書かれたカードをある教会で頂いたのを思い出し、当時の資料の中から探し出せました(次の写真)。
IMG_0366LL.jpg

 カード裏面の「戦争がもたらすもの」のメッセージには、「亡くなった弟を背負い、焼き場で順番を待つ少年。この写真は、アメリカ占領軍のカメラマン ジョセフ・ロジャー・オダネル氏が原爆後の長崎で撮影したものです。この少年は、血がにじむほど唇を噛み締めて、やり場のない悲しみをあらわしています」と書かれています。フランシスコ教皇は、どんな言葉よりも多くを語るこの写真を皆で分かち合いたいと、このカードの配布を教会関係者に指示されたそうです(2017年末)。

 長崎 爆心地公園でのスピーチの一節より
「核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も、非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して応じなくてはなりません。」
 

なお、昨年五島列島を訪れた時の記事は次のURLに載せています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1426
 



Posted by katakago at 13:58
ヒシの実 [2019年11月21日(Thu)]
IMG_0220m.jpg

 7月の初めにヒシ苗2株を購入し、大型バットの底に水田土壌を入れて水を張って栽培していますが、今は葉は枯れてしまっています。株元を手で探るとヒシの実が見つかりました。
 これまでの生育過程の写真を載せておきます。
 撮影日:8月13日
IMG_9372m.jpg

 撮影日:9月27日
IMG_9957m.jpg

 ヒシの花(撮影日:9月27日)
IMG_9981m.jpg

 ヒシ(ミソハギ科)は池沼に自生する1年生の水草で、根部は泥中にあって茎を水面に長く伸ばし、先端に菱形の葉を多数つけて水面に浮き、夏に小さな白色の四弁の花をつけ、棘のある実はデンプン質とタンパク質を含み食用になります。万葉歌には二首詠まれています。
【歌】 君がため 浮沼の池の 菱摘むと 我が染めし袖 濡れにけるかも (柿本人麻呂歌集 巻七・1249)
【歌】 豊国の 企救の池なる 菱の末を 摘むとや妹が み袖濡れけむ (巻十六・3876)
歌の解説については以前の記事(次のURL)に載せています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/129

 この時期、咲いている草花は僅かとなりましたが、いくつかの写真を載せておきます。
ヒオウギ(花と種子)
IMG_0330m.jpg

ハマユウ(種子)
IMG_0337m.jpg

タカサゴユリ
IMG_0341m.jpg

キキョウ
IMG_0343m.jpg

カワラナデシコ
IMG_0346m.jpg
Posted by katakago at 11:25
五色塚古墳と神戸市内の万葉歌碑を訪ねて [2019年11月20日(Wed)]
IMG_0159m.jpg
 17日は、梅花万葉集友の会の屋外講座があり久しぶりに出かけてきました。講師の市瀬先生の案内で『万葉集』巻七の羈旅歌に関連した神戸市内を散策しました。
 ここでは、最初に訪れた五色塚古墳と真野の万葉歌碑について触れておきます。

 五色塚古墳(神戸市垂水区)は、淡路島を望む台地上に築かれた前方後円墳(全長194m)で、兵庫県下最大の古墳(4世紀の終わりごろの築造)で、古墳の被葬者は明石海峡とその周辺を支配した豪族と見られています。昭和40年から10年かけて発掘調査と復元工事が行われました。
 上空から見た五色塚古墳(五色塚古墳管理事務所内の展示パネルの写真(2005年撮影)より)
IMG_0169m.jpg

 上空から見た五色塚古墳(同)
IMG_0168m.jpg

 五色塚古墳管理事務所内の展示物(鰭付朝顔形埴輪)
IMG_0170m.jpg

 古墳の表面は復元工事により葺石で覆われている。
IMG_0174m.jpg

 前方部と後円部の墳丘上の周囲にはレプリカの鰭付円筒埴輪、鰭付朝顔形埴輪が並べられている。
IMG_0175m.jpg

 前方部から後円部を眺めたところ
IMG_0183m.jpg

 後円部から前方部を眺めたところ(右上には明石海峡大橋と淡路島)
IMG_0196m.jpg

 この日(17日)は神戸マラソン開催日で、墳丘上(前方部)からは折り返し付近のマラソン走者を眺める事が出来ました。
IMG_0187m.jpg

 なお、五色塚古墳は、7年前の「飛鳥を愛する会」の春季現地講座でも訪れており、その時の記事は次のURL に載せています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/316

 高市連黒人の万葉歌碑(神戸市長田区東尻池町8、尻池街園内、地下鉄海岸線苅藻駅下車)
IMG_0213m.jpg

【歌】 いざ子ども 大和へ早く 白菅の 真野の榛原 手折りて行かむ (巻三・280)
【口語訳】 さあ皆の者よ 大和へ早く (白菅の) 真野の榛原の枝を 手折って帰ろう

 歌碑の傍にはハンノキは植えられていなかったので、当植物園の写真を載せておきます(雌雄同株で球果は茶色の染料となる)。
IMG_0327m.jpg

なお、譬喩歌に詠まれた榛(ハンノキ)の記事は次のURLに載せています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/942
Posted by katakago at 11:15
「万葉花かるた」を贈って頂きました [2019年11月14日(Thu)]
IMG_0151m.jpg

 「大宰府万葉の会」代表の松尾セイ子さんから、「万葉花かるた」を贈って頂きました。
 松尾さんは、長年にわたって筑紫で万葉を広める活動をされています。新元号「令和」の出典が『万葉集』巻五の梅花の宴の序文であったことより、そのゆかりの地で活動されている松尾さんには多数の取材があり、大変忙しく過ごされたそうです。先月、石川・富山で開催された「万葉の海を考える会」の行事には松尾さんも参加されており、七尾から伏木に向かう海上クルーズの船上でお話しする機会があり、太宰府市での活動について熱く語っておられました。
 松尾さんは、万葉文化を楽しむ一助として「花かるた」を構想され、万葉歌に詠まれた百種の植物を選び、その花絵を幅広い世代の方々(地元の園児や小中学生から各地の万葉ファン)百人に描いてもらって作成されました。当植物園でも、見学会の折に活用させていただこうと思います。  
IMG_0146m.jpg
Posted by katakago at 16:20
マーキングされたアサギマダラ 北國新聞にも掲載 [2019年11月09日(Sat)]
 先月報告のマーキングされたアサギマダラについて、石川県の北國新聞にも取り上げられました。
 蝶の羽に書かれた文字「ホウダツ、10.1」は、10月1日に石川県羽咋郡宝達志水町の宝達山で飛来調査用に記されたものであることを、宝達山の休憩施設(山の龍宮城)管理者の橘英子さんに確認してもらっていました。新聞記事は橘さんが送ってくれました。記事には、私が10月10,11日に「万葉の海を考える会」の行事で、大伴家持ゆかりの能登を訪れたことも触れられていました。
 北國新聞 (石川北)に掲載された記事(⒒月1日)
IMG_0139m.jpg

 「万葉の海を考える会」の行事について検索していたところ、同じ北國新聞の次の記事を見つけました。
 北國新聞(石川のニュース)に掲載された「万葉の海を考える会」の記事(⒑月⒓日)
IMG_0145m.jpg

 10月11日に訪れた高岡市伏木一の宮の氣多神社境内の写真が掲載されていましたが、思いがけずも大伴家持の歌碑の写真を撮ろうとしている私が写っていました。
 なお、この万葉の旅に関する記事は次のURLに載せています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1588
Posted by katakago at 14:53
第13回川西市寺院めぐり [2019年11月08日(Fri)]
 昨日、川西市仏教会(所属寺院33ケ寺)主催の行事「みんなで歩こう川西市寺院めぐり」で、東谷盆地の南半分にある寺社を訪れました。
 川西市仏教会は、1969年に、「仏教の精神を通じて世界の平和に貢献し済世利民(世を救い民を利する、あらゆる人々を救済する)の実を挙げることを目的に、宗派を超えた仏教ネットワークとして市内の仏教寺院で設立され、今年は創設50周年です(現会長 平田信活 岡本寺住職)。寺院めぐりのほか、「法話の会」も開催されています。平成29年の法話の会の記事は、
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1259

 今回訪れた寺社は、常福院(高野山真言宗)、常福寺(真言宗御室派)、小童寺(浄土宗)、頼光寺(曹洞宗)、慶昌寺(曹洞宗)のほか、東畦野薬師堂、畝野宝来稲荷神社、素戔嗚神社、戸隠神社で、本堂での拝観・住職の法話を拝聴するとともに、同行の歴史ボランティアガイドからも神社の縁起などについて説明を受けました。以下、写真を掲載しておきます。
 祥雲山 頼光寺
源満仲夫人の法如尼の本願により四男源賢僧都が開基となって創立。現在はあじさい寺としても知られている(境内には500株のアジサイ)。 
IMG_0092m.jpg

 忠孝山 小童寺
創建は平安時代の天延二年(974)、開山は源賢僧都。
IMG_0102m.jpg

 縁起には、源満仲の末子美女丸の手討ちを命じられた藤原仲光が、身代わりに息子の幸寿丸の首を差し出し美女丸を逃し、比叡山の恵心僧都のもとで出家した美女丸は、後に源賢僧都となり幸寿丸の菩提を弔うためこの寺を建立した、とあります。
IMG_0103m.jpg

 境内にある美女丸(写真右)、幸寿丸(中央)、仲光(左)の墓
IMG_0108m.jpg

 境内には平安中期の武将で源頼光に仕えた四天王の一人の渡辺綱の墓もありました。
IMG_0104m.jpg

 多宝塔(韓国仏国寺の四分の一の大きさ)
説明版には、「人々よ、立ち止まれ、世界平和を祈ろう」とあります。
IMG_0117m.jpg

なお、韓国仏国寺には以前に訪れたことがあり、その時の記事に多宝塔の写真も掲載しています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/211

 境内のカヤの大木
IMG_0122m.jpg

 星山 常福寺 
仁和寺の直末とのことで次のようなお話をされました。幕末、仁和寺第30世門跡であった純仁法親王が還俗し(仁和寺宮嘉彰親王)、朝廷より征討大将軍に任ぜられ鳥羽伏見の戦いに出陣。その前年(慶応4年)に新政府から多田院(現多田神社)に対し多田院御家人の招集要請があり、京に入った多田院御家人たちは多田隊となり仁和寺宮を護って戊辰戦争を戦った、とのこと。
IMG_0135m.jpg

 定林山 慶昌寺
 住職の法話を聴き座禅を体験しました。
IMG_0137m.jpg

 畝野宝来稲荷神社
IMG_0096m.jpg

 歴史ボランティアガイドから説明を聴きました。
IMG_0099m.jpg
Posted by katakago at 17:31
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml