マユミの実が色づきました [2015年10月29日(Thu)]
マユミ(にしきぎ科)の実が色づいてきました。間もなく種皮がはじけて中から赤い種をのぞかせます(花が咲いたように見えます)。 万葉歌にマユミが詠まれた次のような歌があります。 【歌】 南淵の 細川山に 立つ檀 弓束巻くまで 人に知らえじ (F-1330) 歌の解説記事は次のURL に載せています。 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/231
フジバカマが今も咲いています(秋の七草では他にキキョウ、カワラナデシコとススキの穂も見られます)
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katakago
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タマネギ苗の植え付け [2015年10月28日(Wed)]
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10月に咲いたハマユウ [2015年10月27日(Tue)]
ハマユウは10年ほど前から栽培し、現在では数十株ほどにふえていますが、この時期に花を咲かせたのは初めてです。万葉歌では、柿本人麻呂の次の歌にハマユウが詠まれています(ハマユウが詠まれた歌はこの一首のみ)。 【歌】 み熊野の 浦の浜木綿 百重なす 心は思へど 直に逢はぬかも (C-496) 持統天皇四年(690)の9月13日から24日まで、紀伊行幸が行われその時の歌とみられています。旧暦のこの時期は現在の今頃で、行幸時には花は終わっていたのではと以前の記事に書いていましたが、こちら(川西市)でも花を咲かせる株が見られるので、和歌山あたりでは花が見られたかもしれません。 ハマユウ関連の以前の記事は、 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/126
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平成27年多太神社秋季大祭 [2015年10月25日(Sun)]
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にっぽん文楽 in 難波宮(10/19) [2015年10月20日(Tue)]
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一昨日、尺八演奏会も終わりました [2015年10月14日(Wed)]
今月の重要行事の一つ、尺八演奏会も一昨日(10/12)終わりました(写真はプログラムの表紙で昨年の演奏の場面が掲載されています)。これまでは全員で演奏することが多かったのですが、今年は朝日カルチャーセンターの尺八受講生(中之島と芦屋の計8名)で、三絃と箏との合奏曲「秋風辞(しゅうふうのじ)」を演奏しました(独奏部分は星田先生が演奏)。 当日のプログラムより曲の紹介を載せておきます。昭和16年(1941)、菊原琴治がNHKの委嘱を受けて作曲したもので、作詩は貴志邦三です。尺八手付は初代星田一山によるもので、曲中に独奏部を配するアイディアは当時としては画期的でありました。秋風がさやさやと木の葉を鳴らす音を、水音か、それとも雨音か、子供の吹く草笛かと、思いをロマンの世界に広げて歌っています。 菊原琴治の曲は、これまでに「摘草」、「最中の月」、「銀世界」、「春琴抄」、「雲の峰」を練習して来ています。「春琴抄」の関連記事を次のURL に載せています。 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/782
昨夜、芦屋の尺八講座から帰宅したところ、自費出版本の最終ゲラが届いていました。これから集中して最終校正に取り組みます。石碑銘文の漢字、系図や過去帳から拾い上げた漢字のチェックには神経を使います。校正の度に追加したい事項が増え、当初の見積もりよりもだいぶ増えてしまいました。
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ミカンが色づき始めました(第二果樹園) [2015年10月10日(Sat)]
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特別展示「加島屋と広岡浅子」 [2015年10月07日(Wed)]
自費出版本『木田家のルーツを尋ねる―石碑の銘文に導かれてー』(完成は11月初旬頃の予定)では、鉄屋(庄左衛門)と川崎屋(三右衛門)が営んだ両替商についてもその史料を収集して取り上げています。
先週から始まったNHKの朝ドラ「あさが来た」では、大坂の両替商の加島屋が舞台となっており視聴しています。またその原案本『小説 土佐堀川ー広岡浅子の生涯』(古川智映子 著)の前半では、明治維新前後の大坂の両替商の様子が史実の調査を基に描かれており、大変興味深く読みました。慶応4年(1868)に、新政府の幣制改革で銀目廃止の布告が出され、それまで上方商人の商取引に用いられていた丁銀や豆板銀の流通が停止され、大坂の両替商では取り付け騒ぎが起こりその多くが破産したようです(加島屋はかろうじてこの危機を乗り切り、新たな事業ー炭鉱、銀行、生命保険ーを展開してゆく)。 広岡浅子は大同生命の創業者の一人でもあり、現在、大同生命大阪本社(加島屋の店があった場所にある)メモリアルホールで、「大同生命の源流 ”加島屋と広岡浅子”」の特別展示が行われており、昨日、自費出版本の打ち合わせで朝日カルチャーセンター(中之島)に立ち寄ったついでに見学しました。
「大坂の豪商・加島屋」の展示コーナーでは、加島屋のビジネス(掛屋・蔵元、入替両替、大名貸し)が紹介されていました。各藩の産物(コメなど)を請け負い(掛屋・蔵元業務)、資金を融通し(大名貸し業務)、江戸時代最大のコメ市場に投資資金の融通(入替両替業務)を行い、商品市場・金融市場で中心的な役割を担っていたようです。 大名貸しでは、全国300藩のおよそ三分の一の藩と取引のあったことが知られており、そのうち津和野藩との取引では、貸し付けの担保がコメではなく、藩の特産品である和紙・蝋燭の販売代金であった例が示されていました。 また、浅子は日本女子大学校の創設にもかかわっており、関連の展示も興味深いものでした。
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at 16:32
オケラの花が咲いています [2015年10月04日(Sun)]
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at 09:35