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万葉の大和路を歩く会ー宇治川・平等院 [2016年03月14日(Mon)]
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 昨日(3/13)は、「万葉の大和路を歩く会」の451回目の例会があり参加しました。今回は「もののふの八十宇治川と平等院」で、講師は影山尚之先生です。
 コースを次に載せておきます。JR宇治駅を出発点に、橋姫神社 → 宇治橋下の宇治川河原 → 平等院・ミュージアム鳳翔館(見学・拝観)→ 中ノ島・朝霧橋 → 宇治神社 → 宇治上神社 → 源氏物語ミュージアム(拝観)→ 菟道稚郎子(うぢのわきいらつこ)皇子御墓 → 京阪三室戸駅 →(乗車)→ 京阪木幡駅 → 木幡神社 → JR木幡駅で解散(上の写真は宇治橋下の宇治川河原で影山先生の解説を聴いている様子)

 宇治川右岸の朝霧橋東詰の万葉歌碑
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【歌】 宇治川は 淀瀬なからし 網代人 舟呼ばふ声 をちこち聞こゆ (F-1135)
【口語訳】 宇治川には 淀瀬がないと見える 網代人が 舟を呼ぶ声が あちこちに聞こえる

 仏徳山登り口広場(宇治上神社から源氏物語ミュージアムに至る途中)の万葉歌碑
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【歌】 そらみつ 大和の国 あをによし 奈良山越えて 山背の 管木の原 ちはやぶる 宇治の渡り 岡屋の 阿後尼の原を 千年に 欠くることなく 万代に あり通はむと 山科の 石田の社の 皇神に 幣取り向けて 我は越え行く 逢坂山を (L-3236)
【口語訳】 (そらみつ) 大和の国の (あをによし) 奈良山を越えて 山城の 管木(つつき)の原を過ぎ (ちはやぶる) 宇治の渡しの 岡屋(おかのや)の 阿後尼(あごね)の原を 千年も 欠けることなく 万代まで 通い続けようと 山科の 石田(いわた)の社の 神様に 幣(ぬさ)を捧げて 私は越えて行く 逢坂山を

 宇治川の堤防に植えられた桜の木にヤドリギ(落葉高木の幹や枝に寄生)が見られました。万葉歌では、”ほよ”として詠まれています。
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 ヤドリギの拡大写真
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 平等院鳳凰堂(国宝)
平等院は、関白藤原道長の別業(宇治院)を子の関白頼通が永承七年(1052)に寺院としたもので、翌年の天喜元年(1053)に、阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂が建立され、現在鳳凰堂と呼ばれている。
 鳳凰堂中堂の内側の長押(なげし)上の小壁には52体の雲中供養菩薩像が懸け並べられており、その一部を鳳翔館で見学できました(楽器を奏でる像が28体あり、楽器の種類は、琵琶・琴(きん)・竪箜篌(たてくご)・横笛・縦笛・洞簫(どうしょう)・笙(しょう)・排簫(はいしょう)・鼓・腰鼓(ようこ)・揩鼓(かいこ)・羯鼓(かっこ)・太鼓・鐃(にょう)・鉦鼓(しょうこ)・拍板など)。
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 平等院境内の源頼政の墓(宝篋印塔)
源頼政は保元・平治の乱で武勲をたて、源氏として初めて従三位に叙せられた(源三位頼政と称された)。治承四年(1180)に以仁王(もちひとおう)の令旨を奉じて平家追討の兵を挙げたが、宇治川で平知盛軍の追撃を受け、平等院の境内で自刃した。
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Posted by katakago at 18:25
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