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第27回濱田青陵賞受賞記念講演・シンポジウム(9/20) [2014年09月21日(Sun)]
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 万葉集から始まって、古事記・日本書紀や最近は考古学の分野にも関心の領域が広がり、関連の講演会や現地見学会にも参加する機会が増えました。
 昨日(9/20)は、岸和田市出身の考古学者 濱田耕作(号 青陵)の業績を記念して設けられた濱田青陵賞の27回目の受賞記念講演とシンポジウムがあり聴講しました。
 今年の受賞者は、「百済を中心とする朝鮮半島墳墓の研究と古代日朝関係史、朝鮮考古学の研究」が評価された吉井秀夫氏(京都大学大学院教授)で、受賞記念講演は、「日本列島の古墳と朝鮮半島の墳墓 ー その築造過程からみた比較 ー」と題して行われました。

 講演される吉井秀夫氏
IMG_7141m.jpg

 講演の中で興味があった「墳墓の築造過程の違いとその意味」について、当日の配布資料とパワーポイントの画面(以下の2枚の写真)より、メモを残しておきます。
 墳丘先行形墳墓の例(日本の前方後円墳)
IMG_7144m.jpg

 墳丘先行形墳墓の場合、被葬者を棺に安置する葬送儀礼は、埋葬施設が位置する墳丘上面で行われる(墳丘が一連の葬送儀礼が行われる舞台であったとの見解)。
 それに対し、新羅と加耶諸国が位置する洛東江流域の墳墓の場合、地下に埋葬施設を造りその中に被葬者・埋葬品を安置してから墓壙全体が埋め戻され、その後地上に墳丘が造られた(墳丘後行型墳墓)。
 古墳時代(朝鮮半島では高句麗・百済・新羅・加耶諸国の三国時代)には、朝鮮半島との交流があり、地域毎の墳墓の構造や規模の相違については、当時の人々はある程度知っていたにもかかわらず、独特な墳墓が築造され続けたのは、吉井氏によれば、それぞれの地域毎に、墳墓築造の基本原理と葬送儀礼の伝統が守られてきたからとみられています。

 朝鮮半島と日本列島の王墓の規模の比較
IMG_7149m.jpg

 この図では大仙古墳が朝鮮半島の墳墓に比べ異常な大きさであるが、図中の赤丸部分が葬送儀礼の空間で、このレベルで比較するとあまり違わないとのことでした。
 ちなみに、この図に示された皇南大塚は、3年前の韓国歴史の旅(飛鳥を愛する会の秋季現地講座)で皇南洞古墳公園を訪れた際にその外観を見学しました。

 後半は、「波涛をこえて ー 古代東アジアの交流史 ー」と題して、受賞者の吉井氏と4人のパネリストによるシンポジウムが行われました。
 パネリストによる講演の様子
IMG_7150m.jpg

 参考までに昨年の記事は
      ↓
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/702

韓国歴史の旅で皇南大塚を訪れた時の記事は
      ↓
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/209

Posted by katakago at 17:50
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