CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2020年11月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
古代出雲文化フォーラムIII [2015年03月09日(Mon)]
IMG_0001m.jpg

 島根大学主催の「古代出雲文化フォーラム」が東京、広島に続いて大阪で3回目が開催されました(3/8)。事前申込制で定員1000人に対し1800名の応募があったそうですが、私は幸いにも参加することが出来ました。

 今回のフォーラムでは、『「くにびき神話」と古代出雲・伯耆の成り立ち』をテーマに、第一部のシンポジウムでは、島根大学の地質学、考古学、歴史学の4人の研究者が下記の演題で講演され、第二部では、千家和比古出雲大社権宮司と小林祥泰島根大学学長による鼎談が行われました。
シンポジウム演題と講師をあげておきます。
「地質学的にみた古代出雲世界の舞台〜島根半島・ラグーン(宍道湖。中海)の形成」
 入月俊明教授(総合理工学研究科)
「考古資料が物語る古代出雲成立以前の朝鮮半島と山陰」
 平郡達哉准教授(法文学部)
「東アジア世界の中の古代出雲ー「国引き神話」・新羅・渤海ー」
 大日向克己教授(法文学部)
「『出雲国風土記』と遺跡からみる広域交流」
 大橋泰夫教授(法文学部)

 『出雲国風土記』の「国引き神話」は、意宇(おう)郡の由来として記されています。少し長くなりますがその要旨を勝部 昭著『出雲国風土記と古代遺跡』(日本史リブレット13)より以下に引用しておきます。
 八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)が「八雲立つ出雲国は狭い布のような若い国である。縫って大きくしよう」とおっしゃった。そして志羅紀(しらぎ)の三埼をみて国の余りを、三本をより合わせた綱をたぐってもそろもそろに「国来(くにこ)・国来」と引いてきて縫ったのが八穂爾支豆支(やほにきづき)の御埼である。この時の杭は佐比売山(さひめやま)、綱は薗の長浜である。次に、北門(きたど)の佐伎国の余りを引いてきて縫ったのが狭田(さだ)国である。次に、北門の良浪(よなみ)国のあまりを引いて縫い合わせたのが闇見(くらみ)国である。最後に、高志(こし)の都都(つつ)の三埼の余りを引いてきて縫ったのが三穂(みほ)埼である。持って引いた綱は夜見嶋(よみのしま)、杭は伯耆国の火神岳(ひのかみたけ)である。意宇杜に御杖をついて、「意恵(おえ)」とおっしゃった。それで意宇と言う。
 志羅紀は朝鮮半島の新羅、支豆支は島根半島西橋の出雲大社のある杵築(きづき)あたりの地域、佐比売山は三瓶山、薗の長浜は出雲市大社町から多伎町に至る砂浜、佐伎国は隠岐国、都都は能登半島の珠洲市、三穂埼は松江市美保関町美保の岬、夜見嶋は鳥取県境港市・米子市にまたがる弓ヶ浜、火神岳は鳥取県の大山とみられています。

 日本列島も昔はユーラシア大陸の一部であったのが、約3000万年前に盛んな火山活動で大陸が分裂を始め、その後日本海が拡大し、1450万年前に現在の位置に移動した(島根半島には、朝鮮半島と地質学的に同じ凝灰岩、安山岩、流紋岩がみられるとのこと)。その過程で国内最大の汽水湖(宍道湖・中海)が形成され、その変化に富む地質学的基盤が、出雲文化の形成へと導いていったとみられています。
 そこで、島根大学では、国引き神話のような大地の変動が記録されているその島根半島の歴史や文化を有機的に結び付けジオパーク化をめざす、「くにびきジオパーク」プロジェクトを立ちあげているとのことです(今回のフォーラムもその活動の一環とのこと)。

 島根にはこれまで万葉の故地巡り(人麻呂ゆかりの地)や、飛鳥を愛する会現地講座で遺跡を訪ねる機会がありました。
飛鳥を愛する会で訪れた時の記事は、
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/724
Posted by katakago at 15:23
この記事のURL
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/960
コメントする
コメント
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml