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姫嶋神社の万葉歌碑 [2014年03月28日(Fri)]
 『古事記』の応神記や『日本書紀』の垂仁天皇条には、新羅の王子アメノヒボコ 天之日矛(古事記では)またはツヌガアラシト 都怒我阿羅斯等(日本書紀では)が日本に渡来した伝承が伝えられています。『古事記』には、アメノヒボコから逃れた妻が祖先の国に行くといって難波に逃げ渡って来てここに留まり(難波の比売碁曾社に坐して阿加流比売神と謂う)、アメノヒボコは妻の後を追ったが、渡りの神に遮られて難波には上陸できず、多遅摩(但馬)国に移った、と記されています。『摂津国風土記』逸文には、応神天皇の御代に新羅の女神が夫のもとを逃れて筑紫国の伊波比の比売島(大分県の姫島)に暫く居たがが、さらに摂津国に移り住み、もと居た島の名をとってその地を比売島と名づけた、とあります。
 大阪市西淀川区姫島4-14にある姫嶋神社の略記によれば、神社のある地(古代難波八十島の一つであった比売島)が、阿加流比売が留まった地にあたるとの伝えがあるようです(姫嶋神社の御祭神は阿迦留姫命と住吉大神)。

 この神社の境内には、題詞に、和銅四年(711)、河辺宮人が姫島の松原で若い娘の死体を見て、悲しみ嘆いて作った歌とある万葉歌の歌碑があります。今日はカルチャーセンターの講座が始まる前に神社を訪れました。
IMG_5868m.jpg

【歌】 妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松が末に 苔生すまでに (A-228)
【口語訳】 この娘子(おとめ)の名は 千代にも伝わろう 姫島の 小松の梢に 苔が生えるほどに
 なお、この歌については、坂本信幸先生の論文(「伝説歌の形成ー姫島の松原の娘子の歌ー」『万葉集研究』第19集ほか)があり、高岡市万葉歴史館より取りよせ勉強中です。

高岡市万葉歴史館の図書室には万葉関係の書籍・論文が集められており、ホームページで検索して読みたい論文を実費で複写して送ってもらえます。

 姫嶋神社全景
IMG_5876m.jpg
Posted by katakago at 19:36
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