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ムラサキ [2011年06月11日(Sat)]

 一月ほど前にこぼれ種が発芽したムラサキを紹介しました(5/7)が、今花を咲かせています(白い小さな花です)。万葉歌には17首詠まれています(原文は紫・紫草・武良前などと表記)。いくつかの歌を次に紹介します。
【歌】 託馬野に 生ふる紫草 衣に染め いまだ着ずして 色に出でにけり (笠女郎 B-395)
【口語訳】 託馬野(つくまの)に生い茂る紫草 その草で着物を染めて その着物をまだ着てもいないのに はや紫の色が人目に立ってしまいました
 作者の笠女郎は、大伴家持に贈った歌ばかり30首ほど残しています。この歌は、比喩歌に分類されています。表面の意味は口語訳(ここでは、『萬葉集釈注』)のようになりますが、比喩表現での意味は、「相手を思う心が、相手とまだ契りを結ばないうちに人に知られてしまった」と詠まれています。
 ムラサキの根は、薬用成分としての他、上代の重要な染料(紫根染、根に色素シコニンを含む)で早くから栽培されていたようです。紫根染には、媒染剤として椿の灰の灰汁(あく)が用いられていたようです(椿の灰汁はアルカリ性で他の植物に比べアルミニウムイオン量が多いそうです)。万葉歌にも次のように詠まれています。【歌】 紫は 灰さすものそ 海石榴市の 八十の衢に 逢へる児や誰 (K-3101) この歌では最初の二句「紫は灰さすものそ」が海石榴(つばき)を引き出す序詞として用いられています。
 
 ムラサキが詠まれた有名な歌に、額田王と大海人皇子との贈答歌があります。
天皇、蒲生野に遊猟(みかり)する時に、額田王の作る歌
【歌】 あかねさす 紫草野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る (@-20)
【口語訳】 (あかねさす) 紫草野を行き 標野を行って 野守が見ているではありませんか あなたが袖をお振りになるのを
皇太子の答ふる御歌
【歌】 紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 我恋ひめやも (@-21)
【口語訳】 紫草のように におうあなたを 憎いと思ったら 人妻と知りながら 恋しく思いましょうか
 当時、「にほふ」はある素材が美しく照り映えるとして表現されていました。「紫草の にほへる妹」については、これまでいくつかの解釈がなされていますが、坂本信幸先生(高岡市万葉歴史館長、奈良女子大学名誉教授)は、「紫草の白い花が照り映える清楚な美しさ」を表現していると述べられています(高岡市万葉歴史館叢書18『額田王』)。万葉歌の中で「名詞+助詞<の>+にほふ」という構造の用例では、この名詞に当たるのは、全て咲く花(丹つつじ、山吹、橘、卯の花など)や秋の葉といった植物で、、「紫色が照り映える(派手派手しい)女性」という解釈は当たらないとされています(この頃の額田王は40歳近い)。
 この歌の左注には、『日本書紀』天智天皇7年の条を引用して、「夏5月5日、蒲生野に縦猟す。時に、大皇弟・諸王・内臣また群臣、皆悉従ふ」と書かれています。この「狩をする」は、5月5日(太陽暦6月22日)の薬狩で、鹿茸や薬草を採るのが目的で、一種の野外行楽でもあったようです。この薬狩りの様子を描いた陶板レリーフが東近江市「万葉の森」にあります。3年前の5月に訪ねた時の写真を次に掲載しておきます。この時は、滋賀県甲賀市の宮町遺跡から、万葉歌が書かれた木簡が初めて出土したというので、現物の展示を見に行った(知人の中西氏の車に同乗して)際、こちらにも立ち寄りました。

 
 ムラサキは、自生地の岩手県でも絶滅危惧種に指定されているようです。岩手県立盛岡農業高等学校生物工学科の「ムラサキ保護研究班」では、バイテク技術(胚培養法など)を利用した増殖にも取り組んでいます(その研究成果は、2004年のJSECでYKK賞を受賞)。また、畑での栽培は労力がかかるので、組織培養法によるシコニンの大量生産技術も開発されました(昭和60年ごろ、基礎研究は京都大、実用化は三井石油化学)。

 ムラサキの種は、盛岡農業高校はじめ、何箇所かから入手して育てましたが、この地の環境(温度も含め)に合わないのか、栽培技術が未熟なのかうまく生き残ってはいません。現在植物園で栽培している写真の物は、発芽率が非常に高いなどより外来種と思われます。
この6月2日に訪問した山野草専門店(伴園芸)でも聞いてみましたが、日本に自生しているムラサキの栽培は、この辺りでは難しいとのことで、苗の販売も行われていませんでした。
 

Posted by katakago at 14:05
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